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彼女のたった一言で、僕は窮地に立たされた。
友達に言われたんだという。



「キスもしてくれない男なんかやめちまいな!」



ああ、なんて男前な友達なんだろうね。
うっかり僕が負けそうだ。
どう思う? って。
そんなこと、言われても、さぁ……

苦悩する僕を前に君はやたらめったら楽しそうだ。
思えば僕が君と恋人同士になれるその前から、
なんとなく君にはそういう素振りがあったものね。
きっと僕の気持ちなんか、
察しのいい君にはお見通しだったんだろう。
さすがくの一教室の五年精鋭、敬服するよ。

そうだ、散々思わせぶりな言葉を聞いて、
わざとらしいくらいお節介なシチュエーションを経て、
隅から隅までお膳立てされたその舞台の上、
僕はスポットが当たるまんまん中に立たされていることにも、
固唾をのんで見守っているお客がいることにも気付かず、
まんまと告白をする羽目になったというわけ。
君にはしてやったりというところなんだろう。
そのくせ大した苦労もしないで僕をハメただろうことも
容易に想像がつくのだからなんだか悔しいじゃないか。
でも正直なところ、ハマってよかったと思わないでもない。
そう言ったら君はこのうえなく幸福そうな顔で笑うだろう。
それも悔しいから、言わないけど、さ。

だってなんだか、君を見ているだけで幸福なんだ。
君が僕の恋人だとかなんとか、まだ信じられないんだ。
そばにいてくれるだけでもうこれ以上なにもいらないなんて、
なかば本気で思うんだ。
色恋沙汰に慣れた君には笑い話だろう。

素直に言ったら、彼女は一瞬黙り込んだ。
その一瞬がまた絶妙な間合いだ、
当面の標的たる僕には致命傷に近いくらい効いてる。
さすがくの一教室五年精鋭……て前も思ったか、同じこと。
次に君のその唇が紡ぐ言葉が僕にどう響くのかが、
恐いような、待ち遠しいような……
ああ、なんだ、僕は痛めつけられるのが好きなのか?
いやそんなことはないけど。ないけど! そのはずだけど!



「ねぇ雷蔵。ほんとにこれ以上なにもいらないの?
 私があなたに与えたいと望んでいても
 まったくこれ以上いらないというの? ねぇ」



ああほんとに、
そういうことなら友達の言葉も鵜呑みにした方がよさそう。
私は好きな男と仲良しこよしだけで満足できるような
可愛い女じゃないのよね。
希望が噛み合わないのなら、
そんな男やめといたほうがよさそう。



「ま、待って! ちょっと待って! なんでそうなるんだ!」



僕が慌てふためいて彼女を止めようとしたので、
彼女はちょっとびっくりしたように僕を見上げた。
キョトーン、なんて表現が似合いそうなまん丸の目。



「迷うだけじゃなくて即座に否定もできるのね。よかった。
 勢いに押されて断れなかっただけかと思って不安だったの」



彼女はにっこり笑った。
本当に、その笑顔だけで僕は満たされているんだけれど。
君は僕の憧れの人だったから、
現実に僕ひとりの特別な人として存在し始めてから、
なんだか僕はどうしていいかわからない。
ほんと言うと、考えたこともなかった。
憧れは憧れのままで終わってしまうと思ってた。
思ってたんだけど……

でも、今のこの時間を想像したことがなかったように、
この時間がいつか終わるかもしれないなんてことも、
考えたことがなかった。



彼女はなにか企んだような、
期待しているような上目遣いで僕を見ている。
彼女は僕が彼女のどんな仕草に弱いのかをよく知っている。
僕は試されているのか。

僕はこのうえうんざりするほど彼女を待たせてしまったあと、


キスひとつ、
恋愛ひとつしくじったくらいで命がなくなりはしない


なんて、現状と命とを天秤にかけるという突飛な考えで
迷いをやっと看破した。
彼女の思うまま舞台のど真ん中で踊らされてしまっても、
なんだか幸せと思ってしまうあたりは、
情けない男なのだろうか。






ファーストキスの話……
雷蔵とまずお友達になろうかなと思って、
変換なしで練習してみました。
でも最初は伊作だったり……

ぺぺろんにおける“彼氏”諸君はみんな紳士です。
ヒロインの暴君ぶりを大きな器で受け止めてくれます。
おおよしよし元気のいい子だ と言わんばかり。
一方“彼女”のほうはそれをわかっていて
お言葉に甘える確信犯。
パターン化していることに気がついた八月最終日。

英タイトルはサイト内に出す話では使いません。
現代版は例外ですが。
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