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大体だ。
甘やかしすぎたんだよ。
こいつを見てみろ。
母親譲りの別嬪だ。
水軍館しか知らねェで娘時代を過ごすなんざ
無駄以外のなんでもねぇだろ。あ? どうだ?
おい、誰かこいつ、町に連れてけ。
少しずつ外を知らなきゃ、娘盛りが勿体ねェってもんだ。

水軍幹部の命とあっては断りきれない。
たまたまその場にいたのは
四功──命じた本人を含む──と義丸で、
誰もなにも言わなかったが自然と義丸が役を負う
ということでまとまってしまったようだ。
今日は義丸の手が空いているということと
女の扱いになれているだろうという偏見がその理由だ。
女と呼べども、相手は水軍館で生まれ、
海に出ることを禁じられてもっぱら館で育った娘。
年は十九と娘盛りの言に間違いはないものの、
水軍の男衆に言わせればその存在は娘か妹。
ただし生意気な年下の男衆には
ほとんど姉扱いされていない。

まぁいいか、じゃあと義丸は割と軽口で役を引き受け、
そばで納得のいかなさそうな顔のまま話を聞いていた
可愛い妹分に向き直ると、厨の女達にでも頼んで
支度を済ませてこいと告げた。
母譲りの美貌、という点には反対意見など出はしない。
紅でもさしてちゃんと着物もあわせれば、
さぞかし映えることだろう。
親心か、はたまた妹を溺愛する兄の心か。
甘やかしすぎたと自称してはいるものの、
そこに反省はない。
着飾って出来上がるのはどんな娘姿かと、
彼らはそれぞれなりに期待を込めて娘の戻りを待った。

「なぁな、ミヨ、聞いた?」

日暮れ時のことである。
海上の見回りを終えていったん浜へ戻った舳丸に、
同じ水練の役をつとめる弟分の重が問うてきた。
なにやら嫌らしい笑みを口元に浮かべている。
実直で素直なところは可愛い奴だが、
こういう顔をしているときは大抵なにかを企んでいる。
舳丸は素っ気なく何の話だと聞き返した。

「あいつ」と、重は館のほうをチラと視線だけで示す。

「今日、町に出たんだって。急な話だけどさ」
「へぇ。よくお頭が許したな」
「うん、これからは少しずつ、
 外を見せようってことになったって」
「ああ……ずいぶん思いきった主張転換だよな」

二十年近くあの娘を館の奥に閉じこめるようにして
育ててきたというのに、あまりな変わり様である。
いちばん面食らっているのは恐らく彼女本人だろう。
小舟を片付けた水夫の面々が追いつくのを待って、
一同はダラダラと館へ向けて歩き出した。

「あ、噂をすればだ」

重がぱっと明るい顔をし、おおい、と手を振った。
その先に、町から戻ってきたらしい義丸がいる。
外出の主役たる妹分の姿が見えないのに
皆が小首を傾げるところ、義丸のかげに隠れるようにして
とぼとぼ歩いてくるちいさな肩が見えた。

「おっかえり! ……なにしてんの、それ」
「ああ……いや、町でいろいろな」

ぐったり疲れた顔をして、義丸が答える。
ほら、もう館に着いたんだからと、
彼は背後にぴたりとくっついて離れない妹分を
困った顔で肩越しに振り返った。
娘の俯いた顔の表情は伺えないが、
唇をぎゅっと噛みしめて、
細い指で義丸の着物の裾を握りしめて離そうとしない。
舳丸はさすがに訝しく思い、小さく問うた。

「……どうした。なにかあったか」

噛みしめた唇が一瞬震えたかと思えば、
彼女はいきなりぼろぼろと泣き出した。
男衆がぎょっとした瞬間、彼女は義丸から離れると、
今度は舳丸に体当たりするように抱きついた。

「もう町なんか行かない。ずっと館にいる」
「……オイオイ」

逆効果じゃねぇか、とは口に出さず、
舳丸は妹分の頭を撫でてやりながら、
怪訝そうな目で義丸を見やった。
義丸ははぁ、とこれ見よがしにため息をつく。

「いや、俺も驚いたんだがなぁ……
 ちょっと目を離した隙にどっかのチャラい男に
 言い寄られること二度三度じゃ済まなくてな……」
「へぇーっ! さっすがぁ」

茶化すように場違いな口を挟んだ重に、
四方八方から突っ込み裏手パンチが飛んだ。

「もう、すっかり怯えちまってこのザマだ。
 ま、初日くらいは大目に見てもいいと思うが」

俺はお手上げ、と義丸は肩をすくめた。
舳丸はまだ抱きついたままの妹分を見てため息をつく。

「……お前、柄悪い水軍の男衆に囲まれて育って、
 なんで町の男が恐いんだか」
「しつこいんだもの。きもちわるい」
「キモイとまで言うか……」

やれやれと呆れる義丸と舳丸をよそに、
十代の若衆たちは町の男をたった二言でこきおろした
彼女にやんやの喝采をおくっている。

「ま、今日のところは仕方ねぇな。館に戻って休んどけ」

ぽんぽんと頭を撫でてやると、
彼女はまだ涙に濡れた目で舳丸をチラと見上げた。
俯いていたり泣いていたりでわからなかったが、
薄く化粧を施していたことに今気付く。
紅をさした唇は半開きのままわずか震え、
誘うように舳丸の視線を吸い寄せようとする。
一瞬鼓動が跳ね上がったことを、
抱きつかれたままの密着した状態で、
この娘に気がつかれはしなかったかと彼は少し焦った。
ほら行くぞと義丸に急かされ、
彼女は少しばかり名残惜しそうな素振りで舳丸から離れ、
館へ戻っていった。

「なぁ、ミヨー」
「なんだよ」
「あいつってほんっと、舳丸にいちばん懐いてるよな」
「……なんでそう思うんだ」
「だって、義兄からわざわざ離れて舳丸に泣きついたし」
「俺がいちばん近くにいたからだよ。
 お前らがこの立ち位置にいたらお前らが泣きつかれただろ」

十代の水練及び水夫達は白けた顔を舳丸に向けた。
重が見ようによっては
悪意混じりに見える笑みを浮かべて言った。

「ミヨの面白ぇとこは、図星さされたり焦ったりしても、
 筋道通った言い訳を淀みなく言えるとこ。すげぇな!」

今日のあいつを見ても平気だったか?
男に言い寄られたって聞いても平気だったか?

調子づいて続ける重を睨み付けて黙らせると、
舳丸はさっさと館へ向かって先に歩き出した。
いちばん近くにいたから、などと。
本当は自分への言い訳に過ぎないということなど、
とうに承知であった。






どんなに名前が呼びたかったことか……!!

今書いているおはなしの同設定小話。
本当は本編に挟もうと思ってたエピソードなのですが、
使ってしまったので没、ということに。
原作では重さん敬語使ってたような気がするけれど……
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