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上手ですねぇ。

針を運ぶ手元に注がれる視線。
彼は心底感心したような口調でそう言った。

「毎日やってることだもの」

海に出る許しが我が身にもあれば、
針仕事にばかり精を出さずともよいはずだと、
もうお決まりになってしまった愚痴をこぼす。
水軍精鋭の中では最年少だろう、
網問はまだ少し幼さの残って見えるまなざしを
じっとその針と糸の軌跡に向けている。

「……昔・僕の生まれたところではね」

静かな声が語り始める。
返事はしなかったが、
チラと彼のほうを見やると視線が合ったので、
ここに語り手と聞き手の役が成立したことを知る。

「女の人の針仕事は、
 とても大切な意味を持っていました。
 刺繍の一番上手な女の人が、
 村長の息子の花嫁に選ばれるんです」
「……お嫁さんに必要とされる技能だったのね」
「はい」

網問はまた、彼女の手元に視線を戻す。

「……花嫁さんに、なれますよ」
「誰の? ウチの“村長”だったら、お頭?」

冗談めかして答えると、網問はくしゃりと苦笑した。

「水軍の中の、こういう……ひとの関わり方には、
 僕はびっくりしました。
 僕が元々は外から来たせいだろうけど」
「そうね。私には違和感がないもの」
「でも、好きな人がひとりだけできたら、
 考えが変わったり、するんでしょうか」

誰のことを言っているつもり、と、
網問に聞いてみようかと思ったけれど、
なんとなく口を閉ざしてしまった。

「規律ではないもの、従う必要はないのよ。
 網問は網問で、いつかそのときが来たら選べばいいわ。
 あなたが必要とするのは、
 刺繍の上手なひとではないかもしれないけれど」

笑ってみせると、つられたのか、網問もにっこりと笑った。

「僕はまだ、全然です。先の話ですよ。
 でも、……僕の手の届く距離にいる人たちには、
 みんな幸せになってほしいなぁ って」

針先を見つめていた視線を思わず上げた。
網問は意味を含めているのかいないのか、
少し切なげにも見える目をして、微笑んだ。






■言い訳
アシカイクル=上手な人 という意味。
中学生当時、アイヌ文化の勉強をしていました。
と、偉そうに言えるほどのことではありませんが。

「海境奇聞」のサイドストーリー的な。
ブログでこれの二話目のことをちょろっと書いたとき、
待っていますと言ってくれた方がいらっしゃいました。
なんとなく、その方へ。
嬉しかったです、ありがとうございました。
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