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おはなしは続きのリンクにたたんでおります。
また引っ込みモードに突入です……
パソコンに頻繁に触ることができなくなりますが;
文章遊び用のノートパソコンで
ストックづくりに精を出したいと思います。

置きみやげと申しますか
『宵のみぞ知る』の番外二文字題、『好き』です。
ヒロイン名を出さずに“彼女”と呼ばわって
全編むりやり押し通しました。
食満くんがおみやげをくれます。




六年生の忍たまが、
実習だとかで海のあたりへ出かけているという。
最上級生が忽然と消えた学園には、
彼らがいるときに後輩たちがまとっているものとは
また別の緊張感が漂っている。
学園長の命だの、武器だの火薬だの、城塞としての役割だの、
また因果と怨恨といった私情もまじえ、
まなびやであるにも関わらず
多くの理由で狙われるこの学園の、
最上級たる六年生は鉄壁の守りの担い手なのである。

その日、食堂で彼女を囲んで座っていたのは、
くの一教室の後輩たちではなく一年は組のよいこたちだった。
彼女と隣り合って座しているのは
その恋人である留三郎の委員会の後輩たちである。
先輩達がいないとさびしいですねぇ、早く帰ってこないかな、
などと言いながらよいこたちがわらわらと彼女を囲んだ、
それが始まりだった。
頼れる先輩がまとめて不在であるというそれしきのことが、
一年生達には少々心許ないらしい。

「私のような、特に強いわけでもないくの一であっても、
 六年生と思えばそばにいて安心する?」
「せんぱいは強いです」

皆が力強く頷いた。
彼女は不思議そうに首を傾げる。

「だってせんぱいには、
 僕たちの先輩方の誰もかないませんから」
「まぁひどい。
 あの彼らに勝てるほど野蛮なつもりではないわ、私」
「そうじゃなくて……
 でもやっぱりせんぱいがいちばん強いと思います」

聞いて彼女は唇の端でふふと笑った。

「彼らはね……わざと負けてくれているのよ。
 私のわがままをきいて、
 ハイハイ仕方ない奴だな、なんてね」

箸を置くと茶を飲んで、

「委員会では厳しい委員長たちでしょうに、
 彼らは本当に慕われているのね。
 なんだか自分のことのように思われて不思議に嬉しいわ」

微笑み、彼女は一年生達を見回した。
皆が心当たりのあるような顔をする。
委員会に六年生がいないものも、
ほかの頼れる誰かを思い浮かべたのだろう。
しんべヱがなにか様子を伺うように、
彼女をちらと見上げて問うた。

「せんぱいも、先輩方のこと好きですよね」
「好き? そうね」

恋人の留三郎はともかく、
他の六年生たちについて思うところを
好きとか嫌いとかいう言葉で考えてみたことはなかった。
しんべヱが続ける。

「せんぱいは、食満先輩の、どこが好きなんですか?」

予期していなかった問いに彼女は一瞬瞠目する。
くの一の後輩が相手ならばよくある話題なのだが、
忍たまの一年生を相手にこうした話をせがまれるとは
まったく想像もしていなかった。
そうね、と考え込む仕草をしてみせてから、
彼女はしんべヱの耳元に唇を寄せ、

あのね……、

ひそ、と小声で二言三言を落とした。
聞き留めたよいこたち、耳元にじかに囁かれたしんべヱが、
まるい頬を真っ赤にしてうわわ、とうめいたとき、
ちょうど食堂の外の廊下に話し声が聞こえ、
やがて不在にしていた六年生忍たまたちが次々と顔を出した。
くの一六年生を囲んで座る、
空色地に井桁模様の頭巾がぽこぽこ、十とひとつ。
あまり見かけない光景に・六年生たちは愉快そうに笑った。
よいこたちは無事に帰ってきた先輩達の姿を認めると
不安に満ちていた胸の内がおかしいほど軽やかになったようで、
ほっと安堵の息をついた。

「平和な光景だなぁ、そこ」
「留、見ろ、留守中・お前の代わりに守っててくれたみたいだ」

からかうように指さされ、
しかし大好きな先輩の大好きなひと、である彼女を
自分たちも守りたいと思う気持ちも嘘ではなくて、
よいこたちは照れたように視線を彷徨わせ、俯いた。
一団の最後に食堂に現れた留三郎は、
友人たちの示す先に恋人と後輩たちが仲良くかたまって
座っている光景を見てふっと顔をほころばせる。
お前の代わりに守っていてくれた、などという
からかいの言葉も真正面から受け取ってしまって、

「本当だ」

ひとこと言って困ったように笑った。
特に困っていなくても、
どこか少しばかり苦笑気味になるのが
留三郎の笑うくせである。

「お帰りなさい、食満くん」
「おう」
「実習、海だったのですってね」
「ああ、久々だと勝手がわからないもんだな」
「そうでしょうね」

当たり前のように会話を応酬しながら、
留三郎は定食の注文もろくろくせぬまま
恋人と一年生達のもとへ近寄って来、
喜三太としんべヱの頭をぽんぽんと順に撫でてから、
ついでにお前もと言わんばかりに恋人の頭もぽんと撫でた。
彼女は少々拗ねたような顔をする。

「食満くん。
 可愛い後輩たちと同じように扱うことが
 あなたの最上の振る舞いであるということは
 わかっているつもりだけれど、なにかしら、
 複雑な気持ちよ」
「いや……並んでたからつい」

後輩たちの目がなければ
“かわいいのが”並んでたから、などと
照らいもなく言ってのけただろう。
留三郎は胸焼けのするほど恋人に甘い、
このご時世には贅沢な話である。
なにかもののついでのように、あ、と声をあげ、
留三郎は懐から何かちいさなものをつまみ出した。

「みやげ」

こぶしを突き出され、彼女は手のひらにそれを受けた。
渡されたそれは、薄紅色の花弁のようなひとひらの、
愛らしい桜貝である。

「まあ、桜貝……きれいだわ。
 実習中に、貝なんて拾っている間があったの」
「たまたま目についただけ」

貧困な彼女の反応にももうとうに慣れて、
留三郎はきちんと恋人がみやげを喜んだらしいことを
その乏しい表情の中に読み取った。
ところがその日は少々違い、
彼女は嬉しそうに目を上げて留三郎に言ったのである。

「そうだわ。
 あなたにお願いしたいことがあったの」
「ん?」
「これ」

彼女は懐から──いつもどこか危うげなところに
ものを隠すのがこの娘の常である──袱紗を取り出し、
それを彼の前に開いて見せた。
なにやら奇怪なかたちの木の枝がそこにあらわれる。

「このあいだ、ちょっとしたお手伝いをしたのだけど」
「なんだそりゃ。危ない仕事じゃないだろうな」
「ご想像にお任せするわ」
「……恐っ」

留三郎は苦々しく顔をしかめた。
彼女はふっと息をつくように笑って、

「冗談よ。きり丸くんのお手伝い」
「あ、あのときの」

きり丸がなにかに思い当たったような声をあげた。
ええ、そう、と彼女は頷いてやる。

「それでね……報酬の代わりにいただいたの。
 白檀ですって」
「……よくそんなもんポイと寄越したな、雇い主も」
「扇を作っていらっしゃる職人さんだったのよ。
 骨組みに使うには大きさが半端なのですって」
「へーぇ」

留三郎はひょいと恋人の手のひらから
その木片をつまみ上げた。
ほのかな芳香が鼻腔をくすぐる。

「確かに、扇の骨にするにしては、
 ……ちょっとボコボコしすぎてるかもな」
「でも、ちょっと髪に挿すような飾りなら、
 少しくらいいびつでもいいと思わない? 大きさも」
「ああ、うん、それなら」

ええ、それで、と彼女は控えめに微笑んだ。

「あなたなら巧く細工してくれるのじゃないかしらと
 思ったのよ、用具委員長さん。
 それで、この貝も飾りにあしらえないかしら……って」
「あ。それいいな!」

己のひらめきであったかのように嬉しそうに言い、
留三郎はまた木片へと視線を落とした。
その脳裏にはすでになにをどうして細工したものかと
思い描いているに違いない。

「ただの木のかたまりと貝ってよりはよっぽどいいよな」
「お願いできる?」
「おう、任せろ」

留三郎は愉快そうにそう言うと満面、微笑んだ。
心底から喜ばしく笑ったときには
困ったような顔にはならない、それも留三郎の笑うくせである。

先輩達のそうしたやりとりを、
一年は組のよいこたちはなかば熱に呆けたように見つめていた。
本人たちには日常の会話、日常の関わりなのだろうが、
当たり前に繰り返されているはずのことばや仕草の端々に、
お互いを慈しむ思いがじんわりとにじんでいるように
感ぜられるのである。

出会って一緒にいてそれでしあわせ、
そんなひとがすぐそばにいるなんて、どんな心地だろう。

幼いなりに、よいこたちは思いを馳せた。
ただ見ているだけで、誰にもわかること。
好きだという気持ち。
大切だという気持ち。
疑いようもなくそうした思いやりに満ちている、
彼らのしあわせそうな日々の巡り。

せんぱいは、食満先輩のどこが好きなんですか。

問いに答えた彼女の声が
よろこびに満ちて軽やかに耳朶を打ったことを、
よいこたちは鮮やかに思い出していた。

“あのね……、”

──私のことを好きでいてくれることにかけて、
     間違いなくあのひとが世界で一番だってところよ。
 
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のねむ
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女性
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