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なにがどうしてこういうことになったのかは
彼ら忍たま六年生達にも
さっぱりわかったものではないのだが、
恐らくは学園長が深く考えもせずに勢いで
許可する、と言ってしまったのだろう。

彼らが日常・怪我もないのにたむろする医務室に、
今日は見慣れぬ女の姿がある。
彼ら六年生と同い年というその少女は、
黒々と色の濃い髪を惜しげなく肩の上で切りそろえ、
化粧気はなく、
じっと見つめるだけで泣く子も黙らせるような力を持つ
大きな瞳を思慮深げに今は伏せ、
黒の忍装束をまとって
我影のごとしと黙り込んで座っている。

いうまでもなくこの娘はくの一なのである。
その身には一分の隙も見えず、
相当の手練れであることは確かめずとも知れたこと。
同じ年齢の女忍がくの一教室には数人いるが、
彼女らと目の前のこの娘とはまた別の生き物だ。
この娘はどうかというと、
くの一というよりも女だてらに忍、
といったところである。
腕っぷしは強そうだが、色は使えそうもない。

「伊作くん、よろしく頼むね」

包帯の下で笑ったのだろう。
この娘を数日間忍術学園に預けるからと、
連れだって医務室へやって来たのは
タソガレドキ忍軍の忍組頭、雑渡昆奈門であった。
とりあえず今はもめ事はなし、
と伊作に大変な形相で言い負かされ、
またことの奇妙さに騒ぐ気を削がれ、
雑渡を敵視する文次郎をはじめ六年生たち全員は、
とりあえず状況を静観するにとどまっている。
同席していた保健委員たちは慣れたもので、
お茶が入りましたよと黒ずくめの客人ふたりにも
湯呑みを手渡している。

「うちのお姫さまだから。
 ちょっとお転婆できかん気強いけどねえ、」

ご丁寧にも最初から湯呑みに添えられていたストローで
雑渡は器用に茶を飲んだ。
伊作は慎重に言葉を継いだ。

「どういう状況なのか、
 僕にはさっぱりわかりませんが」
「うん、ちょっと出かけるものだから。
 ひとりで留守番というのはさびしいからねえ、そこで」

君らの出番、と雑渡はにやり、
包帯の奥の目をゆがめて笑った。
少女は俯いたままだが、垣間見えるその表情も、
びしばしと飛ばし続けている不機嫌のオーラも、
同席の忍たまたちにとっては
このうえなく不穏なものに感じられた。
少女のものにしては低い声が、
やはり不満そうに囁いた。

「……どうしてお連れくださらないのですか、組頭」
「だって。行ったって面白いものなにもないんだもの」

さらり、と雑渡は切り返す。
少女はまだぶつぶつと続ける。

「尊さんは連れていっていただけるのに」
「あれにとっては仕事だからねえ」
「私だってタソガレドキ忍軍のくの一です。
 尊さんに勤まるものが
 私に勤まらないわけがありましょうか」
「ほんとだねぇ」

尊さん、というのは、
雑渡の部下の諸泉尊奈門のことだろう。
諸泉の名を出した瞬間、
少女の不機嫌数値は最高潮に達した様子であった。
怒りを必死で押し殺しながらだろう、
更に低い声で彼女は続けた。

「……組頭は、ご自分の育てたくの一の使い道を、
 どうして見定めようとはしてくださらないのですか」
「もうじゅうぶん知っているとも。
 だからここへ連れてきたんじゃあないか?
 これから行く先は“面白くない”からね」

少女は言葉に詰まった。
雑渡が少女の性質を見てとった上で、
此度の遠征に連れていって役に立つ機会はなさそうだと
判断したがために置いてゆかれるのだと、
その言葉から察したのであった。
少女がずんと落ち込んだのを見て、
雑渡はあやすようにその髪をぽんぽんと撫でる。

「ごめんね、さびしい思いをさせるけれどね、
 すぐに帰ってくるからここでいい子で待っておいで。
 おみやげはなにがいいかな」
「……おみやげなんて」
「尊奈門に任せると全部せんべいになっちゃうからね」
「それは嫌です」

よほど諸泉が気に食わないのか、少女はそこは即答した。

「……何もいりません。
 組頭が御無事で戻ってきてさえくだされば、
 私には何もいりません」

少女の目の端に涙が浮かんだのを、
すっかり観客と化していた忍たまたちは見た。
まるで夫の帰りを待つ妻のような姿に錯覚されるが、
恐らくはそうした関係ではないのだろう。

「よしよし、必ず無事で戻ると約束しよう。
 馬をとばして全速力で走ってくるからね」
「はい」

少女は健気そうに涙を拭い、頷いた。
雑渡はうんうんと頷き返し、いい子だ、と繰り返した。

「では、帰りの道で最初に私の袖を引いた木からひと枝、
 お前のために折ってこよう」
「……はい」
「それがみやげだ」
「はい」

次は必ずお連れくださいと絞り出すように呟いた少女に、
考えておくよなどといい加減そうな答えを返しながら、
雑渡は学園をあとにした。
迎えにやってきた諸泉を、
少女が も の す ご い 形相で睨み付けたのを、
忍たまたちは目撃してぞっとさせられるはめになった。




以前と同様・ブログでもたまに小話を、と思います。

ぺぺろんの再開準備の折に用意したものの
あんまりすぎて公開するのをやめたコンテンツに
「童話篇」というものがあります。
これはそのうちのひとつです。
童話に限らず、いろいろなものをモチーフに書く
というお題みたいな要素のあるもので、
これは「シンデレラ」がモチーフのお話です。

とりあえず雑渡さんをメインに据えてみたお話ですが
“王子様”は彼ではなく、忍たまの誰かでもなく。

雑渡さん夢をと思って、
ヒロインとの関わりを不自然にならないように
設定したいなと努力した結果、
恋愛関係ではなく親子・子弟関係に近いふうになりました。
組頭を挟んで諸泉さんに敵意ばしばしのヒロインです。

雑渡さんとの出会い編は書いてありますが、
続きは書くかどうか微妙なところです……
 
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のねむ
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