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われ恋ひめやも編

利吉さんが訪ねていらしたのは、
学園中が寝静まった真夜中のこと。
門など当然閉まっているから、
塀を越えてやって来たのだと気まずそうに言い訳をして。
慌てて部屋へお招きしてみたはいいけれど
(だって他のどこへお通しするわけにもいかなかったから)、
なんと気まずい雰囲気なのでしょう。
お互い何か言おうとしてはうまく言い出せずに口をつぐんで、
空回り、空回り。
そうして結局、いつもの当たり障りのない会話が巡るばかり。

──どうなすったのです、お仕事は?
──まだ途中です
──いまはこのお近くでつとめていらっしゃるの?
──近い、というほどでは……

利吉さんは言いづらそうにそこで言葉を切って。

──ちょっと、顔が見たくなっただけです

言葉を失ってしまったのは、今度は私のほう。
それを悪い反応だと思われたのでしょう、
利吉さんは慌てて弁明を始めました。

──いや、あの、別に妙な気を起こしたわけでは、
──つまり、……すぐ、帰るつもりで。
──迎え入れてなどもらえないつもりで。

そもそも、お部屋に招き入れられたこと自体が
想定外だったようです。
胸の奥にじわりと、甘い蜜がにじみました。
甘さも過ぎれば、少々苦いというほどに。

──すぐお帰りになるのですか?
──え、いや、その、
──お泊まりになっては?

妙な気を起こしてなどない、というお言葉に、
少しずるい乗り方をして。
ときどきは私だって、
そんな計算をしてみたくもなるのです。
あまり急に距離が近くなるのも怖いけれど、
もう少し一緒にいたいと思ってしまうのも嘘ではないから。
私のそういう都合のいい考えを、
利吉さんは悟ってわかっておいでだったでしょう。
困った顔をなさって、
ずるい人だ、なんて言われてしまいました。

──では、少し、だけ。

あなたが眠ってしまうまで。
そんなことを言われたら、
朝までだってずっと起きていようかしら……なんて、
ついつい思ってしまいます。
言ったらきっと利吉さんは笑っておしまいになるから、
言わずに黙っておくけれど。
二人きりでいる狭いひと部屋に、
あたたかで幸福な空気が満ち足りていきました。
桜舞い散る、春の夜のこと。




病めるは昼の月編

夢見の悪かった夜、
一人で起き出して深々ため息などつくと、
大体同室の長次が気がついて起き出し、
黙ってそばについていてくれる。
今夜は相当うなされてでもいたのだろうか、
飛び起きたときには長次はもう私を落ち着かせようと
準備して待ってすらいる状態で、
それを認めた途端に気がゆるんでふと笑ってしまった。
気分を変えるのに少し外を歩こうかと立ち上がると、
長次も一緒に行くと言って着いてきた。
それで、今は長屋の屋根の上に寝そべって
星を見上げている。
色の濃い夜空にきらきらと無数の星が輝き、
細い三日月が笑みを描いている、
それを黙って見上げているだけで
気分がどうやら壮大になって、
見た夢もそのこわさも霧散していってしまった。

──星がざわざわうるさいほどだ
──そのようだ
──やはり月は夜空にあればこそ美しいな
──夜の月のほうが好きか
──さあ、別に、どうこう言うほどではない、

珍しく、言いかけたのを遮るように、
長次が言った。

──俺はどちらの月も好きだ

空に馴染まずぽかりと白く浮いている昼の月すらも。
長次の言葉を飲み込むまでに数十秒もかかってから。

──愛でてくれる人があれば、昼間の月も幸せだろう

言って笑うと、長次も少し笑ったようだ。
昼間の月も、悪くない。



宵のみぞ知る編

──寝る場所がないからといって、
──ん?
──一年生のお部屋へ邪魔したのですって?
──ああ、そう言えば、このあいだ
──私のお部屋へ来ればよかったのに
──辿り着く前にくたばる気がする
──あら、くの一教室の敷地は安全そのものよ
──嘘だ、罠だらけだと知ってるぞ
──一年生は寝不足だったというじゃない
──あれは、悪かったと、思ってるよ
──夢の中でも戦っているの
──そういうことに、なる、な……
──食満くん
──ん?
──私はくの一よ
──ああ知ってる、誰よりも
──でも夢の中ではお姫様になることにするわ
──は?
──怖い夢を見たら
──うん?
──私はお姫様だからいっさい手出しをしないのよ
──ああ、そう、それで?
──だから、戦って、食満くんが私を守ってね

これはとんだおねだりだ。
普段聞けないような甘えたことを
こうも言われてしまったら、
ついつい甘やかして許してしまう。
ああいいよ、必ず守るよと、口先では約束もするが。
そうじゃなくて、守るというのも嘘じゃないけど、
楽しいいい夢が見られるといい。

そばでお前を守っているから、どうか安心して眠れるように。
子どものようにあどけなく。
おやすみ、おやすみ、よい夢を。

 * * *

いとしい人と、いとしいひとへ、
おやすみなさい、朝が来るまで
 
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のねむ
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女性
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