戦実習を終えてもうひと月ほどは経とうか。
争いの気配は色濃く残るも、 すでに人ひとりも見かけなくなった戦場跡に、 伊作はここ数日ずっと出かけている。 伊作独自に絶妙なカスタマイズを済ませた救急道具を負い、 目立たぬよう・誰に悟られることもないよう こっそりと学園を出て、 夜も更けた頃になってやっと戻ってくる。 いったい何をしているのかと問いただしても、 伊作はいつものやや困ったような笑みを浮かべ、 いや、言うほどのことではね、ちょっとだけ、 などとぼんやりとした言葉を並べるばかりである。 訝しく思った悪友一同はそれで、 出かけてゆく伊作のあとをつけてみることにした。 町の手前までは歩き慣れた道を行き、 途中から山へ入り、 そこからは木々の枝を渡って走る。 凄まじい戦の通り過ぎたその跡地には 戦の前まではちいさな村があったが、 跡形もなくなってしまったそこにいま住む人はない。 戦場跡地に踏み入る少し手前で、 ふ、と伊作の姿がかき消えた。 あのばか、きっとまた穴にでも落ちた、と思って 友人たちは気配を殺すのを忘れて駆け寄ろうとする。 と、彼らの後ろから呆れたようなため息が聞こえた。 ──やっぱりつけてきていた。 ──悪趣味だなあ、 まんまと友人たちをあぶり出すことに成功した伊作は、 彼らを軽くにらんだ。 それでも彼らのしたことは 己を心配するがゆえであったろうと思うから、 まあいいか、と水に流すことにする。 なにをしに来ているのかと問う友人たちに、 伊作はそっと、戦場跡の向こう側を指さして見せた。 かつては村だったその場所に、 ひとりの少女がうずくまっている。 ぼんやりとどこともない場所を見つめ、 じっと座り込んだまま動こうとしない。 ──村の人々と一緒に戦からは逃れたのだけど、 ──毎日戻ってきては跡地をああして見つめているんだ。 ──僕が気づいたのは数日前のことだけど、 ──恐らくそれよりもずっと以前からそうしているんだ。 伊作の示す方を見つめながら、その声に皆が耳を傾けた。 沈黙が話の先を促している。 伊作はまた口を開いた。 ──何かあればと思って ──一応救急道具なんか携えてくるけれど、 ──目の当たりにすると僕は声をかけることが出来なくなって…… ──彼女の邪魔をしない場所で、じっと見守っているんだ。 ねえ、と伊作は問う。 ──世間では、ひと月も経ってしまえば ──戦は過去のことのようだ。 ──争っていたはずの人々も日常を取り戻し始めている。 ──それを遠く取り巻く人々は無論。 ──荷担した僕たちの意識も、もう次の実習へ向いている。 ──世の中は先へ先へとすぐ歩みたがっているけれど、 ──きっともう少し立ち止まって、もう少しうずくまって、 ──考え込んでいたい人もいるはずなんだ。 ──僕たちになにが言えると思う、 世の中の巡りの速さに抗いたくなって、 歩みを止めることを、誰が責められるものだろうか。 ──たとえば、戦で負った怪我を手当てするとか、 ──村を立て直す手伝いをするとか、 ──僕らに出来ることは探せばいくらも見つかるだろう。 ──実際、こまごまと小さな手伝いは僕もしてみたし、 ──この村にもいまあちこちの村や町や城から ──いくらも助けの手が差し伸べられている。 ──その好意は本当に役に立つ助けだと思うんだ。 ──けれど何というか、難しいのだけれど、 言葉を探し、言い淀んで、伊作は一拍口を閉じた。 やがて。 ──僕らはそうやって、まだ考え込んでいたい人に、 ──いいからさっさと立ち上がれ……なんて、 ──つめたく言い放っているってことは ないだろうか うずくまったままでいる少女を振り返り、 伊作は静かに続けた。 ──僕たちは、自分以外の人についても、 ──希望とか幸福とかを願いたいわけだよね。 ──だから一緒にがんばろうって言うんだけど、 ──思いやりをもって言う、つもりなんだけど、 ──その思いやりはもしやすると、 ──相手を置き去りにして突っ走っていることが ──あるんじゃないかとか、思うんだ…… 考えること、感じ入ること、立ち上がろうとすること、 そうすること、その後のすべて。 その人がいちばん心地よい速度でそうしようとする、 それを己は邪魔してしまうのではないか。 無理矢理手を引き、立ち上がらせて引っぱって走る、 それを強いてはいないだろうか。 ──がんばれと、がんばろうと、言うほうはね…… ──思いやりとか親切のつもりでそうするから、 ──言われたほうは退けがたいじゃない。 ──我慢して付き合ってくれても、 ──本当は苦しいってことあるんじゃないかって…… ──それで、伊作はどうしたいんだ。 ひとりが問うた。 うん、と伊作は頷いて、しばらく黙り込んだ。 僕も考えている途中、と呟いてから。 ──彼女がしたいようにすることに、 ──致命的な邪魔をしないように、ただ見てる それは、 現状を手当てしていくために微々たる力にしかならず、 絶対量の足りない助けに過ぎない、かもしれない。 ──でも、考えてしまうんだ、 ──本当に思いやりのある、本当に役に立つ、 ──本当に真摯な言葉や行動って、 ──いったいどんなものだろうか……って そう考えて、思ってしまったときに、 無責任にがんばれとも前を向けとも言えなくなってしまう。 ──彼女が、誰かの手を借りたくなったときに、 ──それが僕でかなう役目であるなら、 ──手を差し出せるところに待っていようと思って。 ──それが正しいかどうかは、わからないけれど…… 痛みを被った当の本人ではない己が、 本当の意味でやさしく、押しつけがましくなく 彼女に寄り添う方法を、 いまは他に思いつかないのだ……と伊作は言った。 だから毎日、この場所へ通ってきては、 じっと考え込む彼女を遠く見守っている。 ひとしきり語り、 歯がゆそうに少女を見つめる伊作を、 友人たちもまた黙って見つめるばかりである。 * * * 誰もそれをいいとは言わない。 物事の善し悪しを本当に正しく判断できるくらい 補完された存在では人間はない、ような、気がします。 ただなんというか 思いやり、好意は、 深刻な問題を孕んでいない限りは 周囲の人間が無責任に批判できる代物ではない、と。 さて、 皆様、お元気ですか。 あなたの心は、あなたにとって、あなたなりに、 いま平穏ですか。 もしもそうならば、なによりのことです。 そうでないならば、あなたに寄り添う手が あなたのそばにありますように。 ファン創作の主旨とはそれはもう様々にありまして、 書いておきながら自分で主張できない いろんな事柄があるわけなのですが、 第三者の閲覧者様方にとりましては、 娯楽の役割をわずかなりと担うものであろうと思います。 殺伐としたものが多く思われて 娯楽を名乗るのもおこがましい気がしてくる 拙作ではございますけれども、 つかのま 何らか お気持ちに芽ばえるような そういうものになれたらいいなと 願うばかりは、願っております。 私は元気にしております。 どうぞ皆様、お元気で。 またこちらで、お会いしましょう。 のねむ |
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