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こちらは08年3月22日付けの非公開記事。
『宵のみぞ知る』のヒロインと山本シナ先生、
食満くんも出てきます。
完結していないようなのですが、
流れと成りゆきで終わりそうな雰囲気なので
これも公開してみます。
時間軸は『宵のみぞ知る』番外編ののち、です。

宵ヒロインについて、
特に話の中に書いたことはないけれど
実はこういう設定がある、という項目がたくさんあります。
そのうちひとつが出てきますが、あんまりありふれているのと
現実味のない話なのとで(個人的にあまり信用していない)、
作品の中には書こうとは思っていませんでした。
ブログの小話ならいいか、くらいの感覚だったことだけ
妙に覚えています。

ヒロインの固定名は出てきません。




山本シナ師範は、目の前に座るくのたまをひたと見やった。
彼女の教え子の中でも上々の出来の生徒である。
今年度、くの一教室の六年生は、
この娘ひとりしか生き残ることができなかった。
なにやら神妙な顔つきで座っている彼女は、
山本師範の呼び出しの用件が
あまり良い内容ではないと思っているらしい。
覚悟を決めたような諦めたような様相で、
黙って話が始まるのを待っている。

確かにこの娘には今、
注意やお叱りを受ける要素があるといえばある。
先日、四年生のくのたまが遂行できないまま
命を落とし、中途で放り出された実習任務があった。
その任務の続きを請け負うために、
この娘は山本師範に口から出任せを言い連ねたのである。
任務が無事に終了したあとで、
山本師範はこの娘の口からそれを知らされた。
危険とわかっている任務に対し、
感情から出任せで関わるのは賢明ではなく、
到底誉められたことではない。
言われずともそのようなこと、
この娘は重々承知のはずである。
聡明な生徒が教師に対して
無茶をはたらいたことについては、
もちろん注意の対象にもなろう。

しかしながら此度の用件は単に進路の相談であって、
先の任務に関係する話ではなかった。
覚悟とはまったく違う話が始まったのを聞き、
彼女は一瞬ぴくりと眉を上げたが、
すぐに切り替えて目の前の話題に真剣に答えた。

「では、やっぱり、くの一になるのね」
「はい。私の気持ちには、変わりはありません」
「それでは、就職先を決めなければね。
 まだ少し先の話だけれど、
 備えておくに越したことはないわ」
「はい」
「これからは少しずつ、授業時間が減ってくるわ。
 その分を就職活動や試験勉強に充てるのね」
「はい、必要な分は自分で鍛錬いたします」
「そうしてちょうだい」

話は一旦収束を見た。
しかし、そういえばと、山本師範はほうと息をついた。

「あなた、まだ、“飲んでいるの”?」
「……はい」
「もう充分慣れた頃と思うわ、六年も続けていれば。
 身体のことを考えて、控えるようになさい」
「はい……承知はしておりますが」

彼女は迷ったように言葉を切った。

「……力勝負を不得手とする以上は、
 こうした戦法に頼るより他はないものですから」
「そりゃあ、そうでしょうけれどね。
 ……食満くんはなにも言わないの?」
「知らないのでしょう」

彼といるときは使いませんものと、
彼女はさらりと言った。
山本師範は困ったようにため息をつき、続ける。

「きっと彼は、あなたのことを心配していてよ」
「……そうでしょう、から、言いません」
「慣らすためとはいえ、猛毒だもの、
 本来は身体を壊すものよ。
 もっと自分のことを考えて、大切にして」
「……はい」

彼女の返事はどこか不可解そうだった。
唐突に山本師範がそんな話を始めるのに、
心当たりがないと言いたげである。
山本師範はそれに気がついて、ああ、つまりねと苦笑した。

「……きっとあなた、
 いつかは彼のところへお嫁に行くのでしょう。
 今はよくても、そのいつかがやってきたとき、
 ……たとえば、あなたのおなかに
 やや子が宿るかもしれないわ、そんなときにね」
「……先生。なんて話をなさるのですか」
「あなただけじゃないのよ、
 くの一教室のみんなのことを私はいつも考えるわ。
 この学園で学んでも、必ず忍になるわけではないし。
 その目的を達成することが、
 必ずしも幸福というわけでもないものよ」

どうか道がひとつと思わないで。
山本師範が真剣にそう言うので、
彼女は納得いかなさそうに、しかしはいと頷いた。



その夜、彼女は久々に、
留三郎の部屋に押しかけてきていた。
恋人関係と呼べるような間柄になってから、
逆に彼の部屋からは足が遠のくようになっていた。
それでもときどき、人恋しいような、
妙に甘えたいような気分になることもあるもので、
この部屋はそういうときに
逃げ込むための場所になっていた。
留三郎は思うさま恋人を甘やかすのを楽しんでいる。
今も彼は課題を片付けるため、
自身は文机に向かいつつも
背にベッタリと貼りついてくる恋人を咎めもせずに
放っておいている。

彼女は背にすり寄ってきながら、囁くような声で言った。

「食満くん。あのね」
「ああ」
「今日、山本先生と面談をしたの」
「へぇ」
「今までずっと黙っていたのだけど」
「うん」
「私って力仕事がダメでしょう」
「うん」
「だからよく毒薬に頼るの──
 この間の任務もそうだったけれど、つめに仕込んでね、
 引っ掻き傷を作ってやってから
 相手の身体に毒がまわるまで時間を稼ぐの。
 つめに仕込める量なんてたかが知れているから、
 効き目の強い猛毒も頻繁に使うわ」
「……何の話をしてるんだ、お前」
「だから私、自分に毒が回る危険を減らすために、
 毎食後に湯呑みに一杯、毒を飲む習慣があるの」
「ハァ!? 知らねぇ!」

驚いて留三郎はがばっと振り返った。
彼女は表情も変えずに続ける。

「知らないでしょうよ、言っていないもの」
「言えよ!」
「やめろと言われると思って」
「言うだろ!」
「やめたくなかったのだもの。私には必要な戦術だし」
「それとこれとは──」
「でも、もういいの、やめてみることにするわ」


※ここまで



 
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