※現代版で 大学生で
三郎の一人称が 俺 だったりします 口調もそれなりに砕け気味です 本当は 私 なんですよねぇ三郎さん…… なぜか 俺 という印象が強い…… 「三郎」 呼ばれる前から、 こいつが小走りに近寄ってくることには気づいていた。 このあいだ買ったっていう靴のヒールの音と こいつの歩調との組み合わせはちょっと独特だから、 そばでしょっちゅう聞いていれば覚えてしまう。 そう、俺とこいつとはしょっちゅう一緒にいる。 腐れ縁とかいうやつかもしれない、 相談したわけじゃあないっていうのに 高校・大学と進学先がずっと同じだったから。 ついでに言うと高校以前もずっと一緒だ。 登下校もわりあい一緒になりやすかったし、 気づいたら飯時には同じテーブル囲んでるし、 嫌いなおかずを交換したりとかフツーにしてるし。 苦手な教科を教えてやるのもいつも俺だ。 しつこいようだが どれもこれも相談なんかしていない、もちろん。 「遅い」 「ご、ごめん……って、時間ちょうどだよ!」 「俺はもう二十分くらい待ってる」 「三郎が来るの早かっただけじゃない!」 「でも俺が待たされた事実は変わらないだろ?」 「屁理屈! 待ち合わせの意味ないでしょそれじゃ!」 「もーいーよ、あとで茶でもおごってくれればさ」 「なんでよ!」 もう、と言って膨れてみせる。 拗ねたときのこいつの癖も熟知してる。 子どもっぽいったらありゃしない、いくつだお前。 でも口に出してそれを言うとどういうリアクションで 怒り出すかもなんとなく想像がつくから、 今日はこのへんで黙っておくことにしよう。 「……キアイ入ってんじゃん」 「え?」 口で言うのも指さしてやるのもしゃくで、 目線で それ と示してやった。 ちゃんと通じたらしい、さすが腐れ縁の仲だ。 さっき脹らませていた頬が赤くなる。 「……そ、そんなに、力いっぱいに見える?」 「……まぁいつもよりはりきってるようには見えるな」 「えー! あからさまかなぁ!」 「……そう見えないように普段からもう少し 力入れてめかし込んでくればいいんじゃ……」 「三郎、あんた女の子の努力も苦労も全然わかってない! 可愛い理想の姿に近づくために どれだけ手をかけて時間をかけてるか……!」 「朝30分早く起きればいいんじゃね?」 「その30分が……!」 わめき始めたのを半分くらい聞き流しながら、 頭の中で知ってるよ、と答えてみる。 髪を飾るシュシュの種類がたぶん増えたこととか。 メイクの感じも変わった。 春だからかと思ったがなんとなくピンクっぽくなった。 服もそう、靴もそう。 ときどき香水まで香ってくる、頭痛がしそうだ。 気づかないわけがないだろう。 しょっちゅう一緒にいるんだから。 腐れ縁で、ずっとそばでお前を見てきたんだから。 こいつの変化はこの春からだった。 大学に入学してから、 俺には新しくよくつるむ相手が数人できた。 元々予備校やら部活絡みやらで顔見知りだった 他校の奴らが同じ大学に集った結果だ。 癖はあるがいい奴ばっかで、楽しくて居心地よくて、 大学生活はのっけからちょー順調だな、さすが俺、 とか思ってたのもまじで束の間だった。 そのうちのひとりに、 こいつがたちまちつかまってしまったのだ。 言いにくそうに、でも聞いて欲しそうに、 モジモジモジモジ、デレデレデレデレ、 あんまりタメるから途中で俺はすっかり呆れて、 こいつが話し出す前に全部こっちから指摘してやった。 ──お前、竹谷に惚れてんだろ まともな返事がなかったが、 瞬時にゆでだこみたいに赤くなったから 図星なのは一目瞭然だった。 ああもうお前、なんでそんなわかりやすいの。 俺は知りたくもなかった、 気づきたくなんかなかったんだ、それなのに。 「……気に入らないな」 小声で吐き捨て、ち、と舌打ちをする。 その舌打ちだけが聞こえたらしく、 やんやとわめいていた声がぴたりと止んで 俺を非難し始める。 「三郎! いま舌打ちしたでしょ」 「あーもーうるさいよもー」 「あんたがいちいち突っかかってくるから!」 「知らねえって」 頼むからもう、これ以上攻めてこないでくれよ。 ライフはもうゼロよ、とか言いたくなるじゃないか。 ずっと隣にいたのは俺じゃないか。 そばにいてお前の世話して面倒見て、 子どもの頃から思春期から反抗期からなんだつまり、 いままで全部見てきたのは俺じゃないか。 ほとんど家族に近いんじゃないかってほど お前のことを知ってる自信が俺にはあるんだ、 まだ知り合って一か月くらいの奴なんか 比較しようにも話にならないくらいだ、 それなのにお前は俺でなくてそいつがいいっていうのか。 「……気に入らない」 「なに? 聞こえない」 「気に入らないっつったんだよ」 そんな幸せそうな顔しないでくれよ。 取り残されたみたいで俺はみじめだ。 だからといって、 こいつの気持ちが俺の新しい友人に傾いていくことを 俺は止めようとはしないんだ。 その幸せそうな顔は悪いことじゃないし、 あいつは実際、いい奴だから。 俺の気に入ってる奴らがそろって楽しそうなら、 それはそれで、いいんじゃないかとは思うんだ。 ただちょっと、 こいつにとっての特別な人間って立ち位置に、 俺じゃない誰かが立つってことが悔しいだけだ。 いままではいつも俺がこいつの隣に立ってたけど、 それがたぶん当たり前じゃなくなるってことが。 一歩離れて眺めてる人間って立場に 後退しなきゃいけないだろうってことが。 悔しいだけだ。 (……認めない) 俺は別に、 こいつとカレシカノジョになりたいわけじゃない。 遠慮とか男女差とか変な気遣いとかのない 居心地いいこの関係に満足してる。 友達というのはちょっと遠すぎる、 恋人というほど近くにはいない、 この微妙で曖昧でどうしようもなく絶対的な距離感に。 だから認めない、この感情は嫉妬なんかじゃない。 妬いた顔なんか見せてたまるか、 嫉妬じゃねえって言ってんだろうが、 いい加減、 納得しろよ。俺。 気に入らない、というのを悪い意味に受け取ったらしい、 何も悪いことをしてないのに、 遅刻すら俺の言いがかりだってのに、 幸せそうな顔がいまはちょっとしゅんとしてる。 ああだから、そうじゃなくて。 そういうことじゃなくて。 「嘘。冗談。 なぁもう行こうぜ、じきに昼だ」 「……うん」 なんだかんだと、俺は結局こいつに弱い。 いつだって最後に折れるのは実は俺のほうだ。 でもしてやったりな顔なんかされた日には 俺ちょっと本気で落ち込むときもあるし、 特にこいつと雷蔵にそういう顔されると悲しくなる、 だから負けたような態度になんか出てやったりはしない。 悔しいから、悔しい顔なんか絶対にしてやらない。 なあ悪く思うなよ、それくらい許されてもいいだろ。 一番居心地のいい場所、 あいつに譲ってやる気でいるんだからさ。 * * * ツイッターの呟きから派生した妄想を広げてみた小話。 やっぱり私の感覚でいちばん近いのは六年生で、 五年生には少し距離がある気持ちなのですが、 彼らをお好きな方とお話しさせていただくと するっととけ込めることがあります。 ちょっと三郎とお近づきになれた気持ちの本日。 |
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