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「あいつに会ってきた」

「さようでございますか」

「元気そうだった」

「ええ、そのようで」

「……言ってきた」

「さようでございますか」

「小夜」

「はい?」

「お前、上の空だろ」

「いいえ、そんなことは」

「……お前は、どう思う?」

「なにがでございましょ?」

「あいつが潮江の家に、俺のところに、嫁に来たら」

小夜は一瞬黙り込んだ。

「……それもようございましょうね」

「お前、ほんと上の空だろ」

文次郎はばつの悪そうな、
それでいて少し照れたような顔で小夜を見上げた。
小夜は言われて、くくくと笑った。

「嫌だ、坊ちゃま」

「そのボッチャマ言うのはやめろ」

「坊ちゃまは坊ちゃまです。でもねぇ、私なんかは」

小夜は針箱の蓋を上げ、
針をつまむと器用にその端に糸を通した。

「坊ちゃま方がこーんなお小さい頃から」

(と言いながら、
 小夜は親指と人差し指で一寸くらいの幅をつくって見せた)

「小さすぎだろ!」

「きっと将来はそうなるのだろうなと思ってましたもの」

「……そうかよ」

「ええ、も、想像通りです」

「そうかよ」

「そうですとも。
 このお嬢さんを、私は将来若奥様とお呼びして、
 お世話して差し上げて、お仕えするんだわってね」

文次郎は驚いたように目をまん丸に見開いた。

「長生きをして、ずぅっと御奉公させていただけたら、
 もしやするとお子様もお孫様も、
 この手に抱かせていただけるかしら、なんてね、
 結構、夢を見てましたのよ、そんなことをね」

「……小夜」

「ねえやとかばあやとか、
 呼んでいただけたりするかしらなんてね」

「……つーか、お前が嫁に行くことも考えろよ」

「あら。そんなこと」

小夜は繕い物をする手元から目を上げ、
彼女の仏頂面の若主人を面白そうに見つめた。

「あたしはね、坊ちゃま、潮江のお家へ御奉公するそのことに
 嫁いだ気になっているんです。
 どうか、坊ちゃまの代になりましてもね、
 三行半を突きつけるなんて仕打ちは
 なさらないでくださいましね。
 年寄り女をひとり路頭に迷わすようなそんな血も涙もないことを、
 まさか坊ちゃまにできるわけがございますまいよ。
 坊ちゃまはこのあたしがおしめを替えて、
 おんぶ紐で背負ってあやしたんですからね。
 よもやお忘れではございませんでしょうね」

「覚えてねーよ赤ん坊の頃のことなんてよ!
 つーか俺生まれた頃お前いくつだよ」

「ええと、七ツくらいかしら」

「……いいからお前嫁行けよほんと」

「こればっかりはねぇ、お相手がいなくっちゃ」

小夜はからからと笑った。

「いいんですよ、結婚なんてね。
 それが女の幸せのすべてなんてわけじゃあありませんよ。
 私は今でとっても幸せです。
 まぁ、坊ちゃまが将来若奥様を大事にしてくださればね、
 今後の心配はそれくらいのもんでしょうよ」

何事もなかったかのように小夜は手元で針をすすめ、
糸をくわえてぷちんと切った。

「さ、繕いものは済みましたよ。
 鍛錬鍛錬と仰いますけどね、坊ちゃま。
 待っている女には泥だらけになって怪我までして
 服破って帰ってくるだけでしかないんですよ。
 お嫁さんを迎えるおつもりならね、自重なさいな!」

「……ハイ」

「よろしい」

「ありがとーした」

「ま、命があるうちはお説教して差し上げましょう」

「そりゃ、どーも」

鍛錬で派手に破った着物の肩あたりが
丁寧に繕われたさまを見て、
文次郎はなにか胸が熱くなるのを感じた。

「なぁ、小夜」

「はい」

「お前がうちにいてよかったよな」

しみじみと、ぽつりと文次郎がそうこぼしたのを聞き、
今度は小夜がぽかんと目を丸くした。
やがて、嬉しそうに顔をほころばせた。

「まぁ、嬉しいことを。
 あたしにとってはいちばんの御褒美です、そのお言葉。
 ねぇ、お嬢さんはこんなお気持ちだったのでしょうね、
 坊ちゃまに求婚されたそのときには」

話を蒸し返すなと、文次郎は照れを隠すのに怒って見せた。
幼なじみに抱いているのとは少し違うものではあるが、
文次郎が確かに愛おしく慕っている相手が、
ここにもうひとりいるのである。






■言い訳
「雪月花に結ぶ」の番外編くらいの気持ち。
文次郎のおうちに奉公している
小夜さんという女中のお姉さんとのお話。
小夜さんの存在についてはどっかで呟いた気がする。
25歳くらい独身らしいことがわかった!
気持ち次第で私とあたしという一人称を使い分ける器用な人。
本当はもうちょっと砕けた会話のできる仲だと思う……

ああこれを世間ではオリキャラと呼ぶのですね。
苦手な人もいらっしゃるのかも。
ごめんなさい;
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