小平太くんには好きな女の子がいます。
小平太くんは自分が大事に思っている人に対しては、
とっても寛大に寛容になれる男の子でしたから、
彼女を喜ばせてあげたい一心で、
自分で持っているものならば惜しげなく彼女に差し出しました。
それは、おいしいお菓子だったり、
町で見つけたちいさな髪の飾りだったり、
面白そうなおもちゃだったり、
彼のお友達が教えてくれたいくつかの本だったりしました。
彼女は嬉しそうに笑って、ありがとうと小平太くんに言います。
けれど小平太くんはそれでは満足できないのです。
彼女は笑ってくれるし、嬉しいと言ってくれるし、
ありがとうと受け取ってもくれます。
小平太くんは一度だって彼女に拒まれたことはなかったのです。
けれど彼はいつも物足りなく思ってしまうのでした。
小平太くんは考えます。
「どうしたらあの子は心から笑ってくれるんだろう。」
そうです、小平太くんは彼女を
心から喜ばせてあげられたことがないらしいことに
自分で気がついているのです。
たくさんの贈りものをして、
小平太くんはもう彼女になにをしてあげたらいいのかが
わからなくなってしまいました。
今となってはおかしなことに、彼女は会うたび、
小平太くんに寂しそうな笑みを向けるのです。
そんな顔が見たいわけでは、小平太くんはありませんでした。
「私は間違ったことをしていたんだろうか。」
小平太くんはちょっとだけ悩んで考えてみましたが、
どうもうじうじするのは性分に合いません。
小平太くんはやがて立ち上がって、
彼女に会いにまっすぐくの一のお屋敷のほうへ向かいました。
曇っていた空にますます黒い雲が立ちこめて、
激しい雨が降り出しました。
これでは彼女には会えそうもありません。
このくらいの時間、彼女はいつもお友達と一緒に
くの一のお屋敷の庭にいるのです。
けれど、こうも激しい雨が降っては、
女の子達もお部屋へ戻ってしまっているでしょう。
諦めて帰ろうかと思ったところ、
目の前でくの一教室の敷地と忍たまたちの敷地を
隔てている塀の、出入り口扉がぎぃと開きました。
小平太くんが目を上げると、傘をさした彼女が、
慌てて小平太くんに駆け寄ってくるではありませんか。
「どうしたの、雨の中。」
彼女は持っていた傘を小平太くんにさしかけ、
手ぬぐいでびしょぬれの彼の髪や顔をぬぐい始めました。
「よく 気がついたね。」
「ええ、なんとなく。どうしてかしら。」
彼女は不思議そうでしたが、
このままでは小平太くんが風邪を引いてしまう
というところにばかり気をとられていました。
「なにか ご用事でも?」
聞かれて、小平太くんは首を横に振りました。
「会いたくなったんだ。」
彼女は目をまん丸く見開きました。
「それだけの ために?」
「うん、それだけの ために。」
小平太くんはにっこり笑いました。
「ごめんね。 私はもう、きみになにをしてあげたらいいのか、 さっぱり 思いつかないんだ。」
彼女は思わず、びしょぬれの小平太くんを
手ぬぐいでぬぐってやっていた手を止めてしまいました。
「きみが 好きだから、喜んでほしくて、 いろいろ頑張ったつもりだったんだけど、 上手くいかなかったみたいだ。」
聞きながら、彼女がみるみる悲しそうな顔をして、
目に涙を浮かべたのを見て、
小平太くんはああ、やっぱりねと思ってしまいました。
「やっぱり 私は、間違っていたのかもしれない。」
彼はそう思いました。
彼女は泣きそうになりながら、精一杯言いました。
「私、欲しいものなんてなんにもないの。 すてきな贈りものもたくさんもらったけれど、 でも、本当は、好きって言葉をいちばん聞きたかったの。」
小平太くんはきょとんとしてしまいました。
しばらくそのままぼーっとしたあとで、
彼はやっと思い当たりました。
贈りものでいけいけどんどんアタックをしまくっていたのに、
小平太くんは彼女に一度も、
好きだなんて言ってあげたことがなかったのです。
彼女はそれで、小平太くんの気持ちがよくわからなくて、
不安になってしまっていたのでした。
「なぁんだ、そうか。」
小平太くんは一気に安心してしまいました。
それからというもの、小平太くんはいつもいつも、
彼女に好きだよと言ってあげるようになりました。
それは、彼女にとっても不安な気持ちが浮かばないので
とってもいいことだったのですが、
彼女はいつもいつも少し恥ずかしい思いを
するようになってしまいました。
それを周りで聞いているお友達や、後輩達などは、
見ているのが恥ずかしいやら、すまないやらで、
すっかりちぢこまってしまうようになりました。
小平太くんばかりは、いつものように元気にしています。
今日彼女に会ったら、きっとデートに誘おうと、
授業もそっちのけの頭の中で、
勇気を振り絞っているのでした。
■言い訳 童話風・大放出が裏目に出る小平太。 雨に濡れて真面目な小平太ってきっと格好いいと…… でもこの小話なら、まじめだけど顔は笑っているのだ。 それが切ない……と思ってもらえたらしめたもの(殴
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