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俺は忍で、
忍というものはまずなによりも任務の遂行を重んじ、
そのために自も他も押し殺すことも厭わず、
ときには命すらも危険にさらし、
傷を負い、傷を負わせ、
いろいろなものを踏みにじることに躊躇いを見出さず、
冷静に、冷徹に、冷酷にあるものだ。
その生き方をお前が好しと思わないことも
俺はわかっているつもりだが、
それでもこればかりは俺は譲れん、俺は忍だ、
ひとりの人間である以上にそう思っているふしがある。
だからお前をかえりみることのない月日もあろう、
お前が嫌と言っても振り切って出ていくこともあろう。
お前を、俺なりに大事に思っているのは、
それは嘘ではないが、それでも、
お前につらい思いも嫌な思いもさせ続けることになるだろう。
わかっていながら俺はそれを改めることをしない。
俺がそうして生きている世界と
関係のないところでお前は育ち、
きっとこんな男と関わることになるなどと
考えもしてこなかったろう。
けれど俺は自分の立ち位置を
お前のために捨てようとは思えない。
俺はそういう男だ、
お前よりも任務が大事と正面きって言えてしまう。
どんなに大事にしているつもりでも、
二番目にしか想ってやれん。
さんざんなことを言っているのはわかっているが、
その場しのぎを言うのを親切とは俺は思えない。
世間の女達は俺のようなのを
ろくでもない奴とののしるだろう、
それで間違っていないと俺自身も思う。
お前はいい女だ、少しばかり待てばもっとやさしい、
俺よりもお前を大事にしてやれる男が絶対に出てくるぞ、
お前だってそれはわかっているだろう。

──それでも、

それでも、俺でいいのだとお前が言うのなら、



(彼女は涙目でうんと頷いた)



結婚しよう。






言い訳
「本日の授業はここまで! えー、解散の前に」

土井師範が聞き慣れない言葉を続けたので、
やっと終わったとばかりに姿勢を崩し始めてしまった
五年は組の一同は不自然な格好でぴたりと固まった。

「来年度からの授業で使用する教科書の配布を行う。
 最上級生になって初めて受ける授業もあるからな、
 中身もよりいっそう難解になるし、
 今から目を通して把握しておくように」

ええー、とブーイングが上がる。
このあたりの反応は一年時から変わりやしないと、
土井師範は苦笑混じりにわずか肩を落とす。
目を瞠るほどの成長を遂げた生徒達だから、
けれど多少のことは許せてしまう。
担任の贔屓目というやつだろうかと
土井師範はぼんやり思った。
教室の隅に積まれた幾種類かの書籍も、
大事に使えよと手渡すのはこれが最後になる。
もう卒業まで一年と少しかと、感傷的にもなろうものだ。

六年生向け「忍たまの友」。
「文字と暗号の日本史」。
「近代戦乱史」。

「せんせー。
 六年にもなってこんなに教科の授業あるんスか」
「弱音なんて吐いていられなくなるぞ。
 私のおすすめは『近代戦乱史』かな。
 つい先日、新改訂がなされたばかりだ」
「おすすめって、文芸書じゃないんスから……」

はは、と土井師範は笑い、じゃあ今度こそ解散、
と場を締めくくって教室を出ていった。
手元に残された新しい教科書を見下ろし、
はーぁ、とあからさまに息をつく。
“おすすめ”らしい「近代戦乱史」の教科書を
ぱらりと開いてページを繰ってみる。

人の歴史には争いの歴史という側面もある。
忍というもの、またその前身といえる立場のものが
戦乱の陰に日向に暗躍し始めた頃から数え、
各々の戦においてなんという忍がどんな活躍をしたのか、
それがページ毎にまとめられている。
読んで字の如く忍んでこその忍者は、
活躍しても世の中に名を知られることはないから、
この教科書は忍術学園という場所ならではの
教材といえるだろう。
一流の忍を目指す忍たまたちにとり、
これは知られざる英雄の記録なのである。
数十年前の年号が記されたある戦乱の立役者に、
大川平次という名を見つけた。

「うーわー。学園長先生が載ってるぜ、これ」
「……本当はすごい人だったんだね……
 これを見ても全然そうは思えないけど」

それがまたある意味ではすごいと、隣で乱太郎が呟いた。
確かに、教科書の中の大川平次の活躍は、
どこぞの娯楽小説の一端かと思われるほどに派手で、
それがまた面白い。
今現在の学園長という人を知っていれば、
作り話なのではないかと疑いたくなるほどだ。
文芸書をすすめるようにすすめたくもなるものだし、
娯楽としても読めそうだと、
相変わらずの図書委員・きり丸は思った。

ぱらぱらと、読むでもなくページをすすめながら、
きり丸は近代というよりも
現代と呼ぶべき年号のページで手を止めた。
現代というより、ほとんどこれは……昨年の話である。
昨年というほども以前ではない。
つい、数か月前の話。

彼は真面目に、その文章を読み始めた。
そこに描かれた活躍、その人の名に、きり丸は息をのんだ。






言い訳
大人になったら という、幼い頃の口約束を、
本当にしてみる気はないかと、問うつもりでいた。

ところが君ときたら、
恋愛感情とは似ても似つかない情熱を爛々とその目に宿し、
まるで睨み上げるように私を見据えて言ったのだ。

「やっとあんたと同じ位置に立てたわ。
 もう子ども扱いはさせませんからね!
 とりあえずちゃん付けで私を呼ぶのをやめてもらえない、
 利吉さん」

まぁ、ほんの数歳差ではあったのだけれど……
では君も、やっと私をちゃん付けで呼ぶのを、
卒業してくれるということで。
ああ、それはもう、願ってもない……

「いいよ、君がそう言うのなら、従おう。
 私と君とは対等と、そう思っていいね」
「もちろんですとも」

得意そうに言ってみせる君は、
確かに強がりや背伸びでは決してない、
もう立派に大人の女性と呼んでいいのだろう。
幼い頃に愛おしんだはずのなにかはきっと、
いつの間にか淡く色褪せ、枯れ崩れて消えてしまった。
それを惜しいと思う私の内心はなにか、
ひきつれた痛みのようなものを覚えるのだけれど、
同じように君の目から覗いてみれば、
私からも失われたものがあるのだろう。
幼いなにかが身から剥落して、
ひとは口々にそれを喜び讃辞を向けてくれるけれど、
当の本人には言われるほど顕著な変化の自覚がなくて、
面映ゆいやら、素直に喜べないやら……
どことなく寂しいような、切ないような。
慶事を迎えたことを自分だって疑ってはないというのに。

君が追いついてくれることを、
私はじっと待って今を迎えたけれど、しかし、
君はそんな私に気付かず、
先へ先へと走っていくことばかりを夢見ている。
今度も私は待つ番なのか。
走って先へ行ってしまった君が、
いつか振り返ってくれたそのときには、
君はやっと私に気がついてくれるんじゃないだろうかと、
少しばかり、期待している。
ただの幼なじみとか、戦友なんて私ではなくて、
君を君ひとりの存在として見つめている私に、
気付いてくれはしないかと。

そのときこそは、私は臆せず、君のとなりに並ぼう。
そうして私を見上げたその目には、
もう少し甘い情熱が宿っていてくれることを、切に願う。






言い訳
別に眠れぬわけじゃない。
お前と一緒になどしてくれるな。
ただ、この冷たい空気……
冴え冴えと渡っていく冬の底を見ていると、
自分も芯から澄み切っていくような気がしはしないか。

なにを笑っている。
ロマンチストだなどと、お前に言われる筋合いはない。

もう明日だ、夜が明ければすぐの朝の話だ。
今更慌てたところでどうなるでもない。
やるだけのことはやったのだろうが。
腹をくくれ、男らしく。
……ああ、女か、
わかった、わかってる、怒るな、冗談だ……

……よく考えれば、
この試験を落としたところで死ぬでもなし。
けれど必死にはならねばならん。
先の展望を、俺たちは掴みたがっているのだから。
そのために惜しむのは勿体のない話だろう。
今お前に、やり損ねたと悔いが残っているのなら、
こんなところで油を売っている場合ではないぞ。

……だが、まぁ、
がむしゃらにやりすぎるだけでも、
ことがすべてうまくはかどるわけでもなし。
道理は複雑にできているものだ、
明らかな根拠も理由もないことだというのに。
自然とか、いつもどおりでいられることが、
たぶんいちばんいいのだな。
そしておそらくそれがいちばん難しい。
けれど、わざわざ面倒に考える必要もないだろう。
あとはなるようになれ……
ま、楽しめれば、いいだろうな。

一緒にするなと言いながら、俺ばかりが喋っている。
……誰かと話してみたかったのかもしれん。
なに、弱気になっているのではない。
此度の試験はお互い競い合うでもない、健闘を祈る。
そろそろ眠ろう。

難しい事情もなにもかもをすっ飛ばして、
最後には皆で笑えたらいい。
……ロマンチストと呼ばれても、
否定ができない気がしてきた。
夢見がちなところは、俺にも少しくらいはある。
一流の忍にと声高に言い続けてきたのは俺だ。

せめてゆっくり休めよ、寝坊などするなよ。
お前は最後の最後でいつも詰めが甘い。
俺の隈はもう睡眠時間を確保しただけで
簡単に取れるようなものではないからな。
自分の身体のことは把握しているつもりだ、案ずるな。

では、明日。
お互い無理のなきように。






言い訳
うん、だから、そこは……
いい、もう一度最初から説明するよ。
全4班に分かれて、同分量の火薬を各々で使ったと。
先に歩引率を出さなくちゃいけないんだけど。
まず、ひとつの班で使った分量に0.05をかける。
かける 0.05 の、小数点以下を切り捨てて、
更にそこに 4をかける。
これで4班分の数字になっただろ?
この数値は明細欄の一番下の行に書き入れる。
あたまに△つけるの、忘れないで。
これで歩引率が出た。

次に火薬の1班分の量 かける 4班、で、
全体の分量が出る。
これはこの欄に書き入れる。
──うん、歩引計算が要らないときは、
あとで引き算をする必要がなくなるから、
全体量をこの欄に書き入れる必要はないよ──

で、どこまでやったか

そうだ

次に、全体量から歩引率を引き算する。
これで、4班分の火薬をすでに歩引した状態の
数値が出たわけだ、これをいちばん上の行に書く。

あいだの空欄は〆(シメ)て……

小計欄は歩引後の数値をそのまま入れる。
この数値に、今度は1.05をかける。
かける 1.05 は……
で、これで出た数値が、最終的に求めるべき数値なんだ。

最後にこの最終数値 ひく 歩引後の数値、で、
掛け数値が出る。
ほら、これで伝票、全部埋まったろ。
わかった?

「……えーと……」
「難しい話なんかしてないよ」
「それはわかってるんだけど、なんだか覚えられないの」
「先に全体量を出してからその数値に0.05かけるんじゃあ、
 計算が間違うからダメだよ。
 1班分の量に0.05をかけて、それを4倍にするんだよ」
「わ、わかってる……数字苦手なの」

わかっている、といいながら、
彼女の手はぴたりと止まって動かないし、
顔は気難しそうに考え込んだままである。
兵助はちいさくふっと息をついた。

「……なんで火薬委員会に入ったのさ」
「か、会計委員会よりいいじゃない!
 数字が苦手だから、会計を避けたの!
 それに、潮江先輩、恐いもの!」

場は火薬庫ではなかったし、
火薬委員会の委員会室でもなかった。
食堂のすみのテーブル、
いつもつるんでいる五年生四人と、
火薬委員のくの一五年生の彼女が相席している。
彼女は一応、兵助の恋人らしいという認識となっていて、
ほか三人はなんとなく遠巻きに、
二人を眺めているばかりである。

「うん? なんだ?」

兵助が不思議そうに顔を上げた。
友人三人が意味ありげに目を見交わし、
にやりと笑ったのを目の当たりにしたのであった。

「気持ち悪いな」

兵助は訝しげに眉根を寄せたが、彼女の質問に呼ばれ、
また意識を火薬の伝票計算のほうへ戻していった。
三人はまた、意味ありげにくくっと笑いを漏らす。
彼女の視線は時折このうえなくやさしい色を帯び、
兵助の俯き加減の顔を見つめる。
視線は雄弁とはよく言ったものではあるけれど。

(照れ屋さんだよね、彼女も)
(数字が苦手とか、潮江先輩が恐いとかじゃなくて)
(兵助がいるから火薬委員を選んだくせにな)

その目は好きよと彼に訴えかけ続けているのに、
あなたと一緒にいたかったからなのなんて──
こんな一言はとても言えないのだ。
恋する乙女の胸のうちは、
ドキドキすることに忙しいのである。
彼女はまたはにかんだように目を伏せ、
計算を続ける兵助の指先を見つめた。






言い訳
 
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のねむ
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