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いきなりこんなこと考えるのもナンだけど、

食い気と色気には共通点があると思う。

欲求という点では同じだ。

満ちるのがカラダのどこか というのが違うけれど。

好き合ってる男と女のことはじめ、

その最初が口付け(だろう)というのがまた。

どうして口なんだろうとか、

まぁ、真面目に考える奴なんかいないだろうな。

唇も舌も、指同様に器用には動くから、考えずとも不自由はない。

誘うように唇がわずかに開く。

チラとそこからのぞく、りすのような歯の先と舌。

吸い付く。

甘く噛む。

舐め上げる。

ほらな。

なんの話かって。

俺の目の前にいるこいつの話だ。

別にやましいシーンてわけじゃないぜ。

健全そのものだ。

俺達は今日、一緒に町に出かけてきていて、

ひとまわり歩いたあと、いつもの茶屋に腰を落ち着けた。

甘味と塩味が絶妙な具合に同居する、

つや光りするあんのかかった団子が、こいつの気に入り。

それを御機嫌でぱくぱく食うわけ。

話も忘れて。

すぐそばで見ている恋人が、

まさかそんなよこしまな目を自分に寄越しているなんて知る由もない。

例えるなら。なんだ?

いちご。

さくらんぼ。うん、さくらんぼ。いいな。

甘そうだ。

あの涼やかな香りもいい。

「きり丸。食べないの?」

やっと気付いたか。

俺の物欲しそうな視線の意味を、そうとらえたというわけ。

「んー。いまもらう」

「うん」

なにも疑問に思わなかったらしい。

あんがついて蜜をぬったように艶やかな唇をぺろりと舐める。

ああ、おい、ちょっと。

挑発してるわけじゃないってのが、厄介なところ。

こいつら、くの一。

男の性分を知らないわけじゃあないくせに。

どうして任務の場を離れたら、こんなに無防備なんだろう。

知らねェぞ、もう。

「さっきから黙り込んで。

 怒っているみたい。どうしたの。機嫌悪いの?」

聞いてきたのには答えなかった。

人目を忍んで、赤く色づいた唇を一瞬、盗む。

吸い付く。

甘く噛む。

舐め上げる。

腹のくちる話じゃないが、別のどこかは満たされる。

満足したと思ったその裏で、

もう少し欲しいと背筋にむず痒いものが走る。

矛盾してる。

食い気と色気の決定的な差はこれだろうか。

「ちょっと。きり丸」

「いまもらうっつったろ」

「ちょっと」

「誰も咎めねぇよ」

「私が咎める」

「その口塞ぐ」

ほしいと思ったら、我慢はすべきじゃないよな。

うん、本当は、調子に乗ってる自分ってやつを、自覚はしてるよ。

ごめん。

エスカレート、するわ。

腹減ってるときだって、もの食ってるときだって、

満足するまで箸なんか置けねェだろ。

そういうことだよ。

甘い。

その味の正体が団子だとはあんまり思いたくないけど。

色気ねェ話だ。

でも、甘いよ、な、頭ン中がピンク色してる。

食い気と色気はよく似てる。

甘そうな美味そうな唇が四六時中俺を誘う。

飢えた獣よろしくのお年頃の俺を前に、なぁ、

どう考えても、おまえのせいだぞ。

募り募っていく俺のこの欲をどうしてくれる。

もう一歩調子に乗る直前、呆気なく唇が離れて、遮られた。

ああ、ああ、ちょ……待て……

「おあずけ」

犬かよ!

けど忠実なワンコの前に、

無情にもわが愛しきご主人様は餌をちらつかせて囁くんだ、

そんな態度でいいの? なんて。

うなり声を上げる俺の内の獣をなんとかなだめすかす。

いい子にしてるだろ、俺。

御褒美、期待しちゃうぜ。






言い訳
これは、本当にあった話なんだ。

ううん、あった、という言い方は

ちょっと違うかもしれない。

なんせ、つい昨日だって目撃者が出てる。

この学園の中で、今も起こっていることなんだよ。

ゆうれいが出るんだ。

決まって晴れの日の真夜中と聞いてる。

僕らは──生物委員は──委員会で世話をしている動物の

様子を見るのに、ときどき夜でも見回りに行くことがある。

ほとんどは先輩たちの仕事だけど、

手の足りないときは僕たちも一緒について行くんだ。

最初は孫次郎が見た。

ひゃっ て飛び上がって、倒れちゃったんだって。

一緒にいたのは竹谷先輩だったけど、

先輩は孫次郎が悲鳴を上げるまでは

動物たちのほうばかり見てて、気付かなかったって。

孫次郎に聞いた話だと、

そのゆうれいは若い女の人の姿をしてるらしい。

まっしろなんだって。

装束が白なのはお約束かもしれないけど、

髪も、肌も、月の下だと青みがかって見えるくらい、

透けて白く見えるって。

生物委員の飼育小屋のあたりと、

医務室の庭──保健委員が薬草を育ててる──あそこ、

そのあいだの原っぱにぼう……っと、立っていたんだって。

風が吹いたら、糸みたいにふわっと、髪がなびいて。

ゆうれいだ って思ったらとても恐いのに、

ものすごくきれいで、とても悲しく見えるんだって。

僕たちはまだ、見たことがないけど。

いいや、夜中の当番は、

それ以来先輩方が全部やることになっちゃった。

今は一年生全員、朝か夕方の世話だけやってる。

……この話をすると、先輩方は嫌そうな顔をするんだ。

竹谷先輩なんか、しまいには怒り出すんだもの。

ほんとだよ。

いつも笑ってる先輩がいきなり厳しい顔をすると、

ほんとに恐い。

先輩方はもしかしたら、

あのゆうれいのことを知っているのかな。

昔はどんな人で、どんな心残りがあるのかとか。

だってね、先輩方も、

そのゆうれいを何度か見ているみたいなんだ。

孫次郎が見て騒ぎになっちゃったあともだよ。

でも、先輩達はなにも言わない。

なにもなかったみたいに、いつもどおりにしてる。

あのゆうれいにはきっと、なにか秘密があるんだね。

もしかしたら、昔、この学園のくの一だったのかも。

夜な夜なあらわれて、

僕たちになにかを伝えようとして……



「学園長先生の元ガールフレンドの幽霊だったりして!」

誰かの声がいかにもわざとらしく、明るく話を遮った。
一拍の間をおいて、場の皆が失笑に近い笑いを漏らした。

「やだなぁ! 変なこと言うなよ」
「あーあ、せっかくいい雰囲気だったのに」

学級委員長の部屋に集まって、
一年は組の一同は持ち寄った恐い話を
披露し合っていたところだった。
夏の夜でもないのに物好きなことだと皆思っていたが、
誰もそれを口に出そうとはしなかった。
順番が巡ってきて、委員会の友達がゆうれいを見たと、
自分たちの現実とリンクする話を披露したのは虎若だった。
話の結末を掻き乱されたが、虎若は気を悪くせずに
まぁ、きっと、見間違いかもねと笑っている。

三治郎は見てないの、と、
同じ生物委員の三治郎に誰かが問うた。
ずっと虎若の話に耳を傾けているばかりだった
三治郎は、聞かれて初めて気がついたというように
え、と顔を上げる。

「虎若の話だよ」
「若い女の人のゆうれいの」
「ああ……あれ」

三治郎は不可解だと言いたげに首を傾げ、

「あれ……全然ゆうれいっぽくないんだもの」

呟くように一言、きれいさっぱり言いきった。
三治郎の父上は山伏で、
三治郎も長い休みのあいだは山伏の修行をしている。
独自の見解を持っているようなところがあるのは、
異界を覗き見るその修行の経験のためだろうかと、
一年は組の皆はぼんやり思うことがある。

「こ……こわいは なしだっ たね!」

ぎこちなく誰かが言い、皆が力無く笑った。
なにが恐かったと言って、話の中身ではない。
三治郎が付け加えたその一言の効果が、
話の現実味を増すことに貢献してしまったためである。
急に肌寒さを覚えて、皆はあわあわと立ち上がり、
自室へと引き取っていった。

空にはまるい月がかかっている。
こんな夜、学園の外れのあの原っぱに、
ゆうれいはあらわれて悲しげに立ち尽くすのかもしれない。






■言い訳(長い
拝啓 ユキさん

文をどうもありがとう

お返事が遅れましたことをどうぞお許しください

冬と一言で表しても様々にあるもので

こちらの冬はすべて雪の白の中に埋もれてしまいます

どうやらユキさんの文も

そのために到着が遅れたもようです

お返事を差し上げる今日この日は弥生の十日

さすがの雪国もそろそろ春めいては参りました

雪深き見知らぬ土地に住まうとあれば

わけもなく心許ない思いを抱くこともあるものですね

そんなときはよくユキさんのことを思い出します

お屋敷を抜け出して河原で石を投げ水切りなどして

お勉強をさぼったりもいたしましたっけね

北の国は寒いけれど

人の心はあたたかいからと夫が申しておりました

慣れないことばかりで戸惑いもいたしますけれど

新しい生活も悪いことばかりでは決してありません

弥生三月ともなれば

そちらは花もほころぶ頃でしょうか

こちらはまだまだ雪の六花ばかりが咲くのだそうです

ひどい年には皐月の頃まで続くのだとか

まるで自然が耳元に息づいているかのように

日々近々と感ぜられます

口惜しいことにはあの愛しき秋の花

金木犀がこちらで咲くことがないということ

季節の違う話だけれど

そのようなことを知るにつけ

遠く離れてきてしまったことが身にしみて思われます

遊びにいらしてと簡単には申し上げられない遠方から

せめてユキさんがお元気でいらっしゃることを

心から願っております



本音を申し上げますれば

あなたはあなたの目でもって

ご実家のためならずただただご自分のため

ひとりの殿方を選ぶことができますように

同じ困難の待つ未来であるならば

より幸せな道を見出せますように

雪に埋もれて寒さにまかれて

それでも私が幸せであるように

いつかあなたの身の上に

果てもないほど幸せが降りそそぎますように



もうひとつ願わくは

この文がユキさんのお手元に無事に届きますように

河原であの石が七回 水を跳ねていったように

少々の困難なら越えていってくれることを

最後の最後に願います

どうかあなたもお元気で

風邪など召されませぬよう 怪我などなさいませぬよう

御家族と仲良く お友達と仲良く

あなたとあなたのまわりのすべてのものが

しあわせに満ち足りてそこにありますように



弥生十日

春近き北の国より 柿崎のねむ






言い訳
上手ですねぇ。

針を運ぶ手元に注がれる視線。
彼は心底感心したような口調でそう言った。

「毎日やってることだもの」

海に出る許しが我が身にもあれば、
針仕事にばかり精を出さずともよいはずだと、
もうお決まりになってしまった愚痴をこぼす。
水軍精鋭の中では最年少だろう、
網問はまだ少し幼さの残って見えるまなざしを
じっとその針と糸の軌跡に向けている。

「……昔・僕の生まれたところではね」

静かな声が語り始める。
返事はしなかったが、
チラと彼のほうを見やると視線が合ったので、
ここに語り手と聞き手の役が成立したことを知る。

「女の人の針仕事は、
 とても大切な意味を持っていました。
 刺繍の一番上手な女の人が、
 村長の息子の花嫁に選ばれるんです」
「……お嫁さんに必要とされる技能だったのね」
「はい」

網問はまた、彼女の手元に視線を戻す。

「……花嫁さんに、なれますよ」
「誰の? ウチの“村長”だったら、お頭?」

冗談めかして答えると、網問はくしゃりと苦笑した。

「水軍の中の、こういう……ひとの関わり方には、
 僕はびっくりしました。
 僕が元々は外から来たせいだろうけど」
「そうね。私には違和感がないもの」
「でも、好きな人がひとりだけできたら、
 考えが変わったり、するんでしょうか」

誰のことを言っているつもり、と、
網問に聞いてみようかと思ったけれど、
なんとなく口を閉ざしてしまった。

「規律ではないもの、従う必要はないのよ。
 網問は網問で、いつかそのときが来たら選べばいいわ。
 あなたが必要とするのは、
 刺繍の上手なひとではないかもしれないけれど」

笑ってみせると、つられたのか、網問もにっこりと笑った。

「僕はまだ、全然です。先の話ですよ。
 でも、……僕の手の届く距離にいる人たちには、
 みんな幸せになってほしいなぁ って」

針先を見つめていた視線を思わず上げた。
網問は意味を含めているのかいないのか、
少し切なげにも見える目をして、微笑んだ。






言い訳
「あっ……」

放課後の校庭、
サッカーボールを追いかけていたはずの乱太郎が
急に短く叫んで足を止めたので、
皆がなんだなんだと立ち止まり、彼を振り返った。
ボールだけがポン、ポンと音を立てながら先へと走っていく。
乱太郎はは組の皆に見向きもせず、
草むらへ近寄っていってかがみ込んだ。

「なんだよ、乱太郎」
「どうしたの、急に」

きり丸としんべヱが言いながら彼の背後に立ったが、
すぐに乱太郎の行動のわけに気付く。
乱太郎の肩越しに覗き込んだその草むらに、
傷ついた白い鳥がうずくまっていたのである。
左の羽根は根元から、
どう見てもその方向には曲がりようがないだろう
というほうへ曲がっていて、
なにか絞ったようにところどころ締めつけられている。
よく見ると、視界に入りづらい透明の糸が絡みつき、
その羽根を容赦なく痛めつけているのがわかる。
汚れもなくまっ白のはずの羽根はすでに血に染まり、
それが乾いて茶色くこびりついていた。

「うわぁ……ひでぇ」
「痛そう」

乱太郎がそっと鳥を抱え上げようと手を伸ばしたが、
鳥はそれを攻撃とみなしたのか、
くちばしで鋭く彼の指先を突いた。
驚いて乱太郎は指を引っ込めるも、
どうしろっていうのさと途方に暮れたように呟く。
人間の怪我とはわけが違うようであった。

「鳥……? ちょっと待って」

草むらを覗き込んできた三治郎が、
すぐになにかを思いついたように級友たちに
さっと視線を走らせた。
虎若と目が合うと、
それだけで二人の意図は一致したらしい。

「生物委員の先輩がいないか、見てくる!」
「そこで待ってて」

二人は厩舎のほうへ駆けだした。
その少し奥には生物委員の活動拠点である
種々の飼育小屋が点在している。
委員会活動の呼び出しは受けていなかったが、
なんといっても生き物を相手取る生物委員である、
その世話のために大抵誰かは飼育小屋近辺にいるし、
常に当番で様子を見る役が決められているのである。
せめて誰か先輩がつかまえられるのではと、
三治郎と虎若は考えたのであった。

ややしばらく。

三治郎と虎若が引っぱってきた人の頭巾の色を見て、
一年は組の皆はなぜか思いきりほっとしてしまった。
渋緑色の装束が見えたらどうしようかと思っていた。
もちろん、慕うべきところもある先輩ではあるが、
恐らく一緒にやってくる蛇はやっぱり苦手としか思えない。
虎若と三治郎にぐいぐい引っぱられて連れてこられたのは
はるかに背が高く青の装束を身につけた上級生。
生物委員を取りまとめるひとり、
五年生の竹谷八左ヱ門である。

「鳥が怪我してるって? ……ああ、こりゃ、ひどい」

言葉のわりにはあまり深刻でなさそうに目を丸くし、
八左ヱ門はは組の皆をかきわけると
鳥の正面にしゃがみ込んだ。
しばらくじっと様子を見ていたが、
やがてゆっくり、鳥へと手を伸ばした。

「あ、先輩、危ないです、つつかれますよ」

乱太郎が慌てて言ったが間に合わず、
直後に八左ヱ門の指も鳥は容赦なく突いた。

「いてっ」

反応は口だけで、
平然としたまま八左ヱ門は指を引っ込めたが、
懲りずにまたそろそろと抱き上げることを試みる。

「先輩、だめですって……」
「シッ。 いいんだ」

鳥は限界までその指を避けようとしていたが、
瞬間、くちばしで八左ヱ門の指の端を突いた。
その鋭い先が刃物のように、彼の指のはしを裂く。
ピッと血の雫がわずかばかり飛び、
は組の皆はひゃあ、と押し殺した悲鳴を上げた。
八左ヱ門もさすがに痛みを感じたのか、
きゅっと顔を歪めたが、
何事もなかったかのように囁いた。

「……よーし、いい子だ……」

語りかけながら、
八左ヱ門は度重なる鳥の攻撃にも臆せず、
手のひらを見せるようにしながら
ゆっくりと指先を近づけていく。

「……恐いんだな。そりゃ、仕方ないか。
 悪いな、痛いだろうにな。
 せめて手当てくらいさせてくれ、よ、……」

呪文でも唱えるように言いながら、
八左ヱ門の手はとうとう鳥をそっと抱き上げた。
逃れようと暴れて、鳥は手の上で藻掻いている。
八左ヱ門の手は何度も突かれ、小さな傷がみるみる増えた。
子どもたちはハラハラと先輩のすることを見守っている。
そっと、大切そうにその手を目の高さまで掲げ、
どうにか顔色でもうかがおうかというように、
八左ヱ門は鳥をほうぼうから覗き込んだ。
その格好のまま、口を開く。

「糸、外さないとな……どうにもならねーな……
 医務室行くか、医務室」

独り言のように呟いてさっさと彼は歩き出したが、
その言葉はは組の面々の同行を促しているようだった。
誘われるでもないのに、十一人の一年生はぞろぞろと、
八左ヱ門の後ろをついて医務室へ向かった。

八左ヱ門は鋏で器用に鳥の羽根に絡みついた糸を切り、
ぬるま湯でそっと羽根をあたためこびり付いた血を拭い、
薬を塗って包帯を巻いた。

「よし、我慢したな、えらいえらい。
 悪いことをしたな、ウチの誰かはわからんが」

すっかり大人しくなった鳥の頭を
指先で撫でてやりながら八左ヱ門はそう言った。
は組の皆はその意味するところがわからずに首を傾げる。
例の如く医務室にやってきていた保健委員長が、
さりげなく口を挟む。

「あの糸はね、
 忍が敵を罠にかけるときに使うものの一種なんだ。
 木々のあいだに張って鳴子にしたりする。
 ……どこかのクラスが実習からひきあげるときに、
 始末をし損なったんだろうね」

失敗の多い自分たちのクラスを思って、
は組の皆は一瞬ヒヤリとさせられた。
自分たちのせいではないらしいことに思い当たっても、
人間が鳥の生きる場所を侵したがゆえに起きた惨事と
考えると胸が痛むのを誤魔化せようもなかった。

「先輩 この鳥」
「ああ、本来は治るまでは面倒見てもいいんだけどな……
 うーん」

なにか問題があるのかと、
彼らは不安そうに目を見合わせる。
八左ヱ門は少々言いづらそうに苦笑する。

「いや……、治らないから」

さらりと軽く言い放たれた一言に、
十一人は固まってしまった。
八左ヱ門はそれに気付きながらも、なお続けた。

「傷は癒えても、
 羽根が根っこからイッちゃってるもんな……
 たぶんもう、空は飛べない」

誰の口からもなにも音すらも漏れなかった。
八左ヱ門はあまり言いたくなかったんだけどなと、
そんな顔をして、続けた。

「……でも、ま、……命だからな。
 あるだけで、意味はあるさ。なぁ、鳥」

鳥の首筋を撫でてやる。
八左ヱ門のその指に、鳥が自らすり寄った。

「じゃ、こいつはしばらく俺が預かることにするよ。
 飼育小屋のまわりに置くと、毒にかぶれるかもしれないし」
「お見舞いに行ってもいいですか?」
「…… ああ 。 もちろん」

いつでも惜しげない満面の笑みを浮かべる先輩は、
このときに限って口の端を小さく持ち上げて
微笑するばかりであった。
他の皆は気付かなかったが、三治郎と虎若のふたりは
背筋の薄ら寒くなるような違和感を覚え、
手を振って出ていく彼に応えることができなかった。



一方の八左ヱ門は、
鳥を連れたままで五年生の長屋まで戻ってきていた。
怪我を負った鳥を見て、
友人達はそれぞれなりの反応を見せる。

可哀相に、ひどい怪我だ。
すぐハチに預けられて運が良かったよな。
けどこの分じゃあ、悠々飛べるようにはならないか。

どの言葉にも答えず、
八左ヱ門は黙り込んだまま鳥の首筋を撫でてやっている。
虫獣遁に使えるでもないだろうにと、誰かが呟いた。

「……見つけた一年が、見舞いたいと言うから」
「安楽死させてやることもできなくなったってか」
「甘いんだよな、俺、小さい弱いものに」

一年生達の手前、本音は何一つ言えなかった。
今度は友人達が黙り込んで答えない。
横たわる沈黙は よく知っているよ と言いたげに。

「……愛玩用にしかならないか。どうする、鳥」

おまえ、それでも生きていたいか?

静かなやわらかい口調で、
ときに恐ろしいほど殺伐とした言葉を投げる。
友人達は一瞬ぞっとして、
冷ややかな目で鳥を見下ろす八左ヱ門を
ただじっと見つめた。

鳥はただ、くくる、とのどを鳴らして、首を傾げた。






言い訳
 
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