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うん、だから、そこは……
いい、もう一度最初から説明するよ。
全4班に分かれて、同分量の火薬を各々で使ったと。
先に歩引率を出さなくちゃいけないんだけど。
まず、ひとつの班で使った分量に0.05をかける。
かける 0.05 の、小数点以下を切り捨てて、
更にそこに 4をかける。
これで4班分の数字になっただろ?
この数値は明細欄の一番下の行に書き入れる。
あたまに△つけるの、忘れないで。
これで歩引率が出た。

次に火薬の1班分の量 かける 4班、で、
全体の分量が出る。
これはこの欄に書き入れる。
──うん、歩引計算が要らないときは、
あとで引き算をする必要がなくなるから、
全体量をこの欄に書き入れる必要はないよ──

で、どこまでやったか

そうだ

次に、全体量から歩引率を引き算する。
これで、4班分の火薬をすでに歩引した状態の
数値が出たわけだ、これをいちばん上の行に書く。

あいだの空欄は〆(シメ)て……

小計欄は歩引後の数値をそのまま入れる。
この数値に、今度は1.05をかける。
かける 1.05 は……
で、これで出た数値が、最終的に求めるべき数値なんだ。

最後にこの最終数値 ひく 歩引後の数値、で、
掛け数値が出る。
ほら、これで伝票、全部埋まったろ。
わかった?

「……えーと……」
「難しい話なんかしてないよ」
「それはわかってるんだけど、なんだか覚えられないの」
「先に全体量を出してからその数値に0.05かけるんじゃあ、
 計算が間違うからダメだよ。
 1班分の量に0.05をかけて、それを4倍にするんだよ」
「わ、わかってる……数字苦手なの」

わかっている、といいながら、
彼女の手はぴたりと止まって動かないし、
顔は気難しそうに考え込んだままである。
兵助はちいさくふっと息をついた。

「……なんで火薬委員会に入ったのさ」
「か、会計委員会よりいいじゃない!
 数字が苦手だから、会計を避けたの!
 それに、潮江先輩、恐いもの!」

場は火薬庫ではなかったし、
火薬委員会の委員会室でもなかった。
食堂のすみのテーブル、
いつもつるんでいる五年生四人と、
火薬委員のくの一五年生の彼女が相席している。
彼女は一応、兵助の恋人らしいという認識となっていて、
ほか三人はなんとなく遠巻きに、
二人を眺めているばかりである。

「うん? なんだ?」

兵助が不思議そうに顔を上げた。
友人三人が意味ありげに目を見交わし、
にやりと笑ったのを目の当たりにしたのであった。

「気持ち悪いな」

兵助は訝しげに眉根を寄せたが、彼女の質問に呼ばれ、
また意識を火薬の伝票計算のほうへ戻していった。
三人はまた、意味ありげにくくっと笑いを漏らす。
彼女の視線は時折このうえなくやさしい色を帯び、
兵助の俯き加減の顔を見つめる。
視線は雄弁とはよく言ったものではあるけれど。

(照れ屋さんだよね、彼女も)
(数字が苦手とか、潮江先輩が恐いとかじゃなくて)
(兵助がいるから火薬委員を選んだくせにな)

その目は好きよと彼に訴えかけ続けているのに、
あなたと一緒にいたかったからなのなんて──
こんな一言はとても言えないのだ。
恋する乙女の胸のうちは、
ドキドキすることに忙しいのである。
彼女はまたはにかんだように目を伏せ、
計算を続ける兵助の指先を見つめた。






言い訳
長く雨の続く数日間であった。

戻ってきた兵助はあまりに腑抜けた様子であった。
どんな任務のあとでも普段の調子を崩すことのない
兵助にしては実に珍しい。
彼女は心配して、どうしたのと聞いた。
兵助は何も答えなかったが、おもむろに彼女に抱きついて、
その耳元で弱々しく呟いた。

「……任務中とはいえ……
 俺のやったことが間違ってなかったと
 わかってるとはいえ……」

なにがあったのと、彼女はもう一度優しく聞いた。

「くの一相手とはいえ……女の子殴っちゃった……」

言うなり、うわぁ! と項垂れる兵助に、
彼女は目を丸くした。
確かに、
兵助たちと同じ任務に借り出されていたくの一の級友が、
頬をわずかばかり腫らして帰ってきたのは覚えている。
なにかショックを受けたような様子だったのも
見て明らかだったので、
どんなにか難しい実習だったのだろうと、
慮りはするものの本人に問うことはできずにいたのである。
それがまさか、兵助が手を上げたなどと。
予想外もいいところである。

「な、何があったの……」
「あとで話す……」

兵助はハァ、と思いきり憂いを含んだため息をつき、
やっと彼女から離れた。

「……大丈夫そうだった? 彼女……」
「口もきけないみたいで、心配してたの、私たち」
「……ああ」

やっぱりかと、兵助は更にがっくり肩を落とした。

「……誰かが悪役にならなきゃいけないことは、
 そりゃああるのは、俺だってわかってるけどさ……」
「……それを兵助が引き受けたのね」
「うん……」

それで上手くいってくれたらいいけどさ、あの二人。
口では納得しているようなことを言いながら、
兵助はまだまだ項垂れたままであった。
根はひとのいい兵助は、
ときどき思いきり後悔をしてずっしり沈むことがある。
彼女は苦笑すると、よしよしと兵助を抱きしめた。
背は項垂れようが兵助のほうが高いので、
彼女が抱きついたような格好である。
彼は甘えるように、彼女の髪に擦り寄った。

「……素直じゃないものね、あの二人」
「うん……」
「兵助のことは、わかってくれてると思うわよ」
「そうかな……」
「そうよ」

彼女はしとしとと降り続ける雨の庭を見つめた。

「大丈夫よ。やまない雨なんてないんだもの」

そのうち虹すらかかるわ。
優しい恋人の声音に、
兵助はやっと安心したように頷いた。
答えるように、彼女のその身体を抱きしめた。
やっと 帰ってきた と、彼は思った。






言い訳
潮江文次郎様

拝啓 秋の香深まる折、お変わりなくお過ごしでありますことを。
町は秋から冬への支度に追われて慌ただしい様相です。
そちらももう寒さを感じる頃でしょうか。
昔は布団を蹴飛ばして寝るたちだったあなたですから、
風邪などお召しでないかと心配です。
なによりもどうかお身体に気をつけて。

この季節だけ新しく店に並ぶお菓子を送ります。
御友人の皆様と召し上がってください。
南蛮には万聖節前夜祭という不思議な祭礼があり、
あやかしが出て家々をまわって悪戯をしようとするので、
菓子を与えて気を逸らすという真似事をするそうです。
象徴的に南瓜が飾られるお祭りだということなので、
南瓜を餡に練り込んであります。
これは私のアイディアです。
是非感想を聞かせてください。

それではこれで。
年末に帰省するまでに、
一度くらいは御返信をくださいますよう。

かしこ

追伸
金魚のもんじは、餌をいっぱい食べて大きくなりました。
成長するごとに目の下の黒いぶちが
小さくなってきましたが、
文次郎の目の下のくまは相変わらずなのでしょうか。
それも心配です。
ちゃんと寝起きして食事を摂る生活を心がけてください。

***

(あ、あのアマ、
 本当に金魚に“もんじ”ってつけやがったのかよ……)






言い訳
小平太くんには好きな女の子がいます。

小平太くんは自分が大事に思っている人に対しては、

とっても寛大に寛容になれる男の子でしたから、

彼女を喜ばせてあげたい一心で、

自分で持っているものならば惜しげなく彼女に差し出しました。

それは、おいしいお菓子だったり、

町で見つけたちいさな髪の飾りだったり、

面白そうなおもちゃだったり、

彼のお友達が教えてくれたいくつかの本だったりしました。

彼女は嬉しそうに笑って、ありがとうと小平太くんに言います。

けれど小平太くんはそれでは満足できないのです。

彼女は笑ってくれるし、嬉しいと言ってくれるし、

ありがとうと受け取ってもくれます。

小平太くんは一度だって彼女に拒まれたことはなかったのです。

けれど彼はいつも物足りなく思ってしまうのでした。

小平太くんは考えます。

「どうしたらあの子は心から笑ってくれるんだろう。」

そうです、小平太くんは彼女を

心から喜ばせてあげられたことがないらしいことに

自分で気がついているのです。

たくさんの贈りものをして、

小平太くんはもう彼女になにをしてあげたらいいのかが

わからなくなってしまいました。

今となってはおかしなことに、彼女は会うたび、

小平太くんに寂しそうな笑みを向けるのです。

そんな顔が見たいわけでは、小平太くんはありませんでした。

「私は間違ったことをしていたんだろうか。」

小平太くんはちょっとだけ悩んで考えてみましたが、

どうもうじうじするのは性分に合いません。

小平太くんはやがて立ち上がって、

彼女に会いにまっすぐくの一のお屋敷のほうへ向かいました。

曇っていた空にますます黒い雲が立ちこめて、

激しい雨が降り出しました。

これでは彼女には会えそうもありません。

このくらいの時間、彼女はいつもお友達と一緒に

くの一のお屋敷の庭にいるのです。

けれど、こうも激しい雨が降っては、

女の子達もお部屋へ戻ってしまっているでしょう。

諦めて帰ろうかと思ったところ、

目の前でくの一教室の敷地と忍たまたちの敷地を

隔てている塀の、出入り口扉がぎぃと開きました。

小平太くんが目を上げると、傘をさした彼女が、

慌てて小平太くんに駆け寄ってくるではありませんか。

「どうしたの、雨の中。」

彼女は持っていた傘を小平太くんにさしかけ、

手ぬぐいでびしょぬれの彼の髪や顔をぬぐい始めました。

「よく 気がついたね。」

「ええ、なんとなく。どうしてかしら。」

彼女は不思議そうでしたが、

このままでは小平太くんが風邪を引いてしまう

というところにばかり気をとられていました。

「なにか ご用事でも?」

聞かれて、小平太くんは首を横に振りました。

「会いたくなったんだ。」

彼女は目をまん丸く見開きました。

「それだけの ために?」

「うん、それだけの ために。」

小平太くんはにっこり笑いました。

「ごめんね。
 私はもう、きみになにをしてあげたらいいのか、
 さっぱり 思いつかないんだ。」

彼女は思わず、びしょぬれの小平太くんを

手ぬぐいでぬぐってやっていた手を止めてしまいました。

「きみが 好きだから、喜んでほしくて、
 いろいろ頑張ったつもりだったんだけど、
 上手くいかなかったみたいだ。」

聞きながら、彼女がみるみる悲しそうな顔をして、

目に涙を浮かべたのを見て、

小平太くんはああ、やっぱりねと思ってしまいました。

「やっぱり 私は、間違っていたのかもしれない。」

彼はそう思いました。

彼女は泣きそうになりながら、精一杯言いました。

「私、欲しいものなんてなんにもないの。
 すてきな贈りものもたくさんもらったけれど、
 でも、本当は、好きって言葉をいちばん聞きたかったの。」

小平太くんはきょとんとしてしまいました。

しばらくそのままぼーっとしたあとで、

彼はやっと思い当たりました。

贈りものでいけいけどんどんアタックをしまくっていたのに、

小平太くんは彼女に一度も、

好きだなんて言ってあげたことがなかったのです。

彼女はそれで、小平太くんの気持ちがよくわからなくて、

不安になってしまっていたのでした。

「なぁんだ、そうか。」

小平太くんは一気に安心してしまいました。

それからというもの、小平太くんはいつもいつも、

彼女に好きだよと言ってあげるようになりました。

それは、彼女にとっても不安な気持ちが浮かばないので

とってもいいことだったのですが、

彼女はいつもいつも少し恥ずかしい思いを

するようになってしまいました。

それを周りで聞いているお友達や、後輩達などは、

見ているのが恥ずかしいやら、すまないやらで、

すっかりちぢこまってしまうようになりました。

小平太くんばかりは、いつものように元気にしています。

今日彼女に会ったら、きっとデートに誘おうと、

授業もそっちのけの頭の中で、

勇気を振り絞っているのでした。






言い訳
「あいつに会ってきた」

「さようでございますか」

「元気そうだった」

「ええ、そのようで」

「……言ってきた」

「さようでございますか」

「小夜」

「はい?」

「お前、上の空だろ」

「いいえ、そんなことは」

「……お前は、どう思う?」

「なにがでございましょ?」

「あいつが潮江の家に、俺のところに、嫁に来たら」

小夜は一瞬黙り込んだ。

「……それもようございましょうね」

「お前、ほんと上の空だろ」

文次郎はばつの悪そうな、
それでいて少し照れたような顔で小夜を見上げた。
小夜は言われて、くくくと笑った。

「嫌だ、坊ちゃま」

「そのボッチャマ言うのはやめろ」

「坊ちゃまは坊ちゃまです。でもねぇ、私なんかは」

小夜は針箱の蓋を上げ、
針をつまむと器用にその端に糸を通した。

「坊ちゃま方がこーんなお小さい頃から」

(と言いながら、
 小夜は親指と人差し指で一寸くらいの幅をつくって見せた)

「小さすぎだろ!」

「きっと将来はそうなるのだろうなと思ってましたもの」

「……そうかよ」

「ええ、も、想像通りです」

「そうかよ」

「そうですとも。
 このお嬢さんを、私は将来若奥様とお呼びして、
 お世話して差し上げて、お仕えするんだわってね」

文次郎は驚いたように目をまん丸に見開いた。

「長生きをして、ずぅっと御奉公させていただけたら、
 もしやするとお子様もお孫様も、
 この手に抱かせていただけるかしら、なんてね、
 結構、夢を見てましたのよ、そんなことをね」

「……小夜」

「ねえやとかばあやとか、
 呼んでいただけたりするかしらなんてね」

「……つーか、お前が嫁に行くことも考えろよ」

「あら。そんなこと」

小夜は繕い物をする手元から目を上げ、
彼女の仏頂面の若主人を面白そうに見つめた。

「あたしはね、坊ちゃま、潮江のお家へ御奉公するそのことに
 嫁いだ気になっているんです。
 どうか、坊ちゃまの代になりましてもね、
 三行半を突きつけるなんて仕打ちは
 なさらないでくださいましね。
 年寄り女をひとり路頭に迷わすようなそんな血も涙もないことを、
 まさか坊ちゃまにできるわけがございますまいよ。
 坊ちゃまはこのあたしがおしめを替えて、
 おんぶ紐で背負ってあやしたんですからね。
 よもやお忘れではございませんでしょうね」

「覚えてねーよ赤ん坊の頃のことなんてよ!
 つーか俺生まれた頃お前いくつだよ」

「ええと、七ツくらいかしら」

「……いいからお前嫁行けよほんと」

「こればっかりはねぇ、お相手がいなくっちゃ」

小夜はからからと笑った。

「いいんですよ、結婚なんてね。
 それが女の幸せのすべてなんてわけじゃあありませんよ。
 私は今でとっても幸せです。
 まぁ、坊ちゃまが将来若奥様を大事にしてくださればね、
 今後の心配はそれくらいのもんでしょうよ」

何事もなかったかのように小夜は手元で針をすすめ、
糸をくわえてぷちんと切った。

「さ、繕いものは済みましたよ。
 鍛錬鍛錬と仰いますけどね、坊ちゃま。
 待っている女には泥だらけになって怪我までして
 服破って帰ってくるだけでしかないんですよ。
 お嫁さんを迎えるおつもりならね、自重なさいな!」

「……ハイ」

「よろしい」

「ありがとーした」

「ま、命があるうちはお説教して差し上げましょう」

「そりゃ、どーも」

鍛錬で派手に破った着物の肩あたりが
丁寧に繕われたさまを見て、
文次郎はなにか胸が熱くなるのを感じた。

「なぁ、小夜」

「はい」

「お前がうちにいてよかったよな」

しみじみと、ぽつりと文次郎がそうこぼしたのを聞き、
今度は小夜がぽかんと目を丸くした。
やがて、嬉しそうに顔をほころばせた。

「まぁ、嬉しいことを。
 あたしにとってはいちばんの御褒美です、そのお言葉。
 ねぇ、お嬢さんはこんなお気持ちだったのでしょうね、
 坊ちゃまに求婚されたそのときには」

話を蒸し返すなと、文次郎は照れを隠すのに怒って見せた。
幼なじみに抱いているのとは少し違うものではあるが、
文次郎が確かに愛おしく慕っている相手が、
ここにもうひとりいるのである。






言い訳
 
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のねむ
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