忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

長く雨の続く数日間であった。

戻ってきた兵助はあまりに腑抜けた様子であった。
どんな任務のあとでも普段の調子を崩すことのない
兵助にしては実に珍しい。
彼女は心配して、どうしたのと聞いた。
兵助は何も答えなかったが、おもむろに彼女に抱きついて、
その耳元で弱々しく呟いた。

「……任務中とはいえ……
 俺のやったことが間違ってなかったと
 わかってるとはいえ……」

なにがあったのと、彼女はもう一度優しく聞いた。

「くの一相手とはいえ……女の子殴っちゃった……」

言うなり、うわぁ! と項垂れる兵助に、
彼女は目を丸くした。
確かに、
兵助たちと同じ任務に借り出されていたくの一の級友が、
頬をわずかばかり腫らして帰ってきたのは覚えている。
なにかショックを受けたような様子だったのも
見て明らかだったので、
どんなにか難しい実習だったのだろうと、
慮りはするものの本人に問うことはできずにいたのである。
それがまさか、兵助が手を上げたなどと。
予想外もいいところである。

「な、何があったの……」
「あとで話す……」

兵助はハァ、と思いきり憂いを含んだため息をつき、
やっと彼女から離れた。

「……大丈夫そうだった? 彼女……」
「口もきけないみたいで、心配してたの、私たち」
「……ああ」

やっぱりかと、兵助は更にがっくり肩を落とした。

「……誰かが悪役にならなきゃいけないことは、
 そりゃああるのは、俺だってわかってるけどさ……」
「……それを兵助が引き受けたのね」
「うん……」

それで上手くいってくれたらいいけどさ、あの二人。
口では納得しているようなことを言いながら、
兵助はまだまだ項垂れたままであった。
根はひとのいい兵助は、
ときどき思いきり後悔をしてずっしり沈むことがある。
彼女は苦笑すると、よしよしと兵助を抱きしめた。
背は項垂れようが兵助のほうが高いので、
彼女が抱きついたような格好である。
彼は甘えるように、彼女の髪に擦り寄った。

「……素直じゃないものね、あの二人」
「うん……」
「兵助のことは、わかってくれてると思うわよ」
「そうかな……」
「そうよ」

彼女はしとしとと降り続ける雨の庭を見つめた。

「大丈夫よ。やまない雨なんてないんだもの」

そのうち虹すらかかるわ。
優しい恋人の声音に、
兵助はやっと安心したように頷いた。
答えるように、彼女のその身体を抱きしめた。
やっと 帰ってきた と、彼は思った。






言い訳
潮江文次郎様

拝啓 秋の香深まる折、お変わりなくお過ごしでありますことを。
町は秋から冬への支度に追われて慌ただしい様相です。
そちらももう寒さを感じる頃でしょうか。
昔は布団を蹴飛ばして寝るたちだったあなたですから、
風邪などお召しでないかと心配です。
なによりもどうかお身体に気をつけて。

この季節だけ新しく店に並ぶお菓子を送ります。
御友人の皆様と召し上がってください。
南蛮には万聖節前夜祭という不思議な祭礼があり、
あやかしが出て家々をまわって悪戯をしようとするので、
菓子を与えて気を逸らすという真似事をするそうです。
象徴的に南瓜が飾られるお祭りだということなので、
南瓜を餡に練り込んであります。
これは私のアイディアです。
是非感想を聞かせてください。

それではこれで。
年末に帰省するまでに、
一度くらいは御返信をくださいますよう。

かしこ

追伸
金魚のもんじは、餌をいっぱい食べて大きくなりました。
成長するごとに目の下の黒いぶちが
小さくなってきましたが、
文次郎の目の下のくまは相変わらずなのでしょうか。
それも心配です。
ちゃんと寝起きして食事を摂る生活を心がけてください。

***

(あ、あのアマ、
 本当に金魚に“もんじ”ってつけやがったのかよ……)






言い訳
小平太くんには好きな女の子がいます。

小平太くんは自分が大事に思っている人に対しては、

とっても寛大に寛容になれる男の子でしたから、

彼女を喜ばせてあげたい一心で、

自分で持っているものならば惜しげなく彼女に差し出しました。

それは、おいしいお菓子だったり、

町で見つけたちいさな髪の飾りだったり、

面白そうなおもちゃだったり、

彼のお友達が教えてくれたいくつかの本だったりしました。

彼女は嬉しそうに笑って、ありがとうと小平太くんに言います。

けれど小平太くんはそれでは満足できないのです。

彼女は笑ってくれるし、嬉しいと言ってくれるし、

ありがとうと受け取ってもくれます。

小平太くんは一度だって彼女に拒まれたことはなかったのです。

けれど彼はいつも物足りなく思ってしまうのでした。

小平太くんは考えます。

「どうしたらあの子は心から笑ってくれるんだろう。」

そうです、小平太くんは彼女を

心から喜ばせてあげられたことがないらしいことに

自分で気がついているのです。

たくさんの贈りものをして、

小平太くんはもう彼女になにをしてあげたらいいのかが

わからなくなってしまいました。

今となってはおかしなことに、彼女は会うたび、

小平太くんに寂しそうな笑みを向けるのです。

そんな顔が見たいわけでは、小平太くんはありませんでした。

「私は間違ったことをしていたんだろうか。」

小平太くんはちょっとだけ悩んで考えてみましたが、

どうもうじうじするのは性分に合いません。

小平太くんはやがて立ち上がって、

彼女に会いにまっすぐくの一のお屋敷のほうへ向かいました。

曇っていた空にますます黒い雲が立ちこめて、

激しい雨が降り出しました。

これでは彼女には会えそうもありません。

このくらいの時間、彼女はいつもお友達と一緒に

くの一のお屋敷の庭にいるのです。

けれど、こうも激しい雨が降っては、

女の子達もお部屋へ戻ってしまっているでしょう。

諦めて帰ろうかと思ったところ、

目の前でくの一教室の敷地と忍たまたちの敷地を

隔てている塀の、出入り口扉がぎぃと開きました。

小平太くんが目を上げると、傘をさした彼女が、

慌てて小平太くんに駆け寄ってくるではありませんか。

「どうしたの、雨の中。」

彼女は持っていた傘を小平太くんにさしかけ、

手ぬぐいでびしょぬれの彼の髪や顔をぬぐい始めました。

「よく 気がついたね。」

「ええ、なんとなく。どうしてかしら。」

彼女は不思議そうでしたが、

このままでは小平太くんが風邪を引いてしまう

というところにばかり気をとられていました。

「なにか ご用事でも?」

聞かれて、小平太くんは首を横に振りました。

「会いたくなったんだ。」

彼女は目をまん丸く見開きました。

「それだけの ために?」

「うん、それだけの ために。」

小平太くんはにっこり笑いました。

「ごめんね。
 私はもう、きみになにをしてあげたらいいのか、
 さっぱり 思いつかないんだ。」

彼女は思わず、びしょぬれの小平太くんを

手ぬぐいでぬぐってやっていた手を止めてしまいました。

「きみが 好きだから、喜んでほしくて、
 いろいろ頑張ったつもりだったんだけど、
 上手くいかなかったみたいだ。」

聞きながら、彼女がみるみる悲しそうな顔をして、

目に涙を浮かべたのを見て、

小平太くんはああ、やっぱりねと思ってしまいました。

「やっぱり 私は、間違っていたのかもしれない。」

彼はそう思いました。

彼女は泣きそうになりながら、精一杯言いました。

「私、欲しいものなんてなんにもないの。
 すてきな贈りものもたくさんもらったけれど、
 でも、本当は、好きって言葉をいちばん聞きたかったの。」

小平太くんはきょとんとしてしまいました。

しばらくそのままぼーっとしたあとで、

彼はやっと思い当たりました。

贈りものでいけいけどんどんアタックをしまくっていたのに、

小平太くんは彼女に一度も、

好きだなんて言ってあげたことがなかったのです。

彼女はそれで、小平太くんの気持ちがよくわからなくて、

不安になってしまっていたのでした。

「なぁんだ、そうか。」

小平太くんは一気に安心してしまいました。

それからというもの、小平太くんはいつもいつも、

彼女に好きだよと言ってあげるようになりました。

それは、彼女にとっても不安な気持ちが浮かばないので

とってもいいことだったのですが、

彼女はいつもいつも少し恥ずかしい思いを

するようになってしまいました。

それを周りで聞いているお友達や、後輩達などは、

見ているのが恥ずかしいやら、すまないやらで、

すっかりちぢこまってしまうようになりました。

小平太くんばかりは、いつものように元気にしています。

今日彼女に会ったら、きっとデートに誘おうと、

授業もそっちのけの頭の中で、

勇気を振り絞っているのでした。






言い訳
「あいつに会ってきた」

「さようでございますか」

「元気そうだった」

「ええ、そのようで」

「……言ってきた」

「さようでございますか」

「小夜」

「はい?」

「お前、上の空だろ」

「いいえ、そんなことは」

「……お前は、どう思う?」

「なにがでございましょ?」

「あいつが潮江の家に、俺のところに、嫁に来たら」

小夜は一瞬黙り込んだ。

「……それもようございましょうね」

「お前、ほんと上の空だろ」

文次郎はばつの悪そうな、
それでいて少し照れたような顔で小夜を見上げた。
小夜は言われて、くくくと笑った。

「嫌だ、坊ちゃま」

「そのボッチャマ言うのはやめろ」

「坊ちゃまは坊ちゃまです。でもねぇ、私なんかは」

小夜は針箱の蓋を上げ、
針をつまむと器用にその端に糸を通した。

「坊ちゃま方がこーんなお小さい頃から」

(と言いながら、
 小夜は親指と人差し指で一寸くらいの幅をつくって見せた)

「小さすぎだろ!」

「きっと将来はそうなるのだろうなと思ってましたもの」

「……そうかよ」

「ええ、も、想像通りです」

「そうかよ」

「そうですとも。
 このお嬢さんを、私は将来若奥様とお呼びして、
 お世話して差し上げて、お仕えするんだわってね」

文次郎は驚いたように目をまん丸に見開いた。

「長生きをして、ずぅっと御奉公させていただけたら、
 もしやするとお子様もお孫様も、
 この手に抱かせていただけるかしら、なんてね、
 結構、夢を見てましたのよ、そんなことをね」

「……小夜」

「ねえやとかばあやとか、
 呼んでいただけたりするかしらなんてね」

「……つーか、お前が嫁に行くことも考えろよ」

「あら。そんなこと」

小夜は繕い物をする手元から目を上げ、
彼女の仏頂面の若主人を面白そうに見つめた。

「あたしはね、坊ちゃま、潮江のお家へ御奉公するそのことに
 嫁いだ気になっているんです。
 どうか、坊ちゃまの代になりましてもね、
 三行半を突きつけるなんて仕打ちは
 なさらないでくださいましね。
 年寄り女をひとり路頭に迷わすようなそんな血も涙もないことを、
 まさか坊ちゃまにできるわけがございますまいよ。
 坊ちゃまはこのあたしがおしめを替えて、
 おんぶ紐で背負ってあやしたんですからね。
 よもやお忘れではございませんでしょうね」

「覚えてねーよ赤ん坊の頃のことなんてよ!
 つーか俺生まれた頃お前いくつだよ」

「ええと、七ツくらいかしら」

「……いいからお前嫁行けよほんと」

「こればっかりはねぇ、お相手がいなくっちゃ」

小夜はからからと笑った。

「いいんですよ、結婚なんてね。
 それが女の幸せのすべてなんてわけじゃあありませんよ。
 私は今でとっても幸せです。
 まぁ、坊ちゃまが将来若奥様を大事にしてくださればね、
 今後の心配はそれくらいのもんでしょうよ」

何事もなかったかのように小夜は手元で針をすすめ、
糸をくわえてぷちんと切った。

「さ、繕いものは済みましたよ。
 鍛錬鍛錬と仰いますけどね、坊ちゃま。
 待っている女には泥だらけになって怪我までして
 服破って帰ってくるだけでしかないんですよ。
 お嫁さんを迎えるおつもりならね、自重なさいな!」

「……ハイ」

「よろしい」

「ありがとーした」

「ま、命があるうちはお説教して差し上げましょう」

「そりゃ、どーも」

鍛錬で派手に破った着物の肩あたりが
丁寧に繕われたさまを見て、
文次郎はなにか胸が熱くなるのを感じた。

「なぁ、小夜」

「はい」

「お前がうちにいてよかったよな」

しみじみと、ぽつりと文次郎がそうこぼしたのを聞き、
今度は小夜がぽかんと目を丸くした。
やがて、嬉しそうに顔をほころばせた。

「まぁ、嬉しいことを。
 あたしにとってはいちばんの御褒美です、そのお言葉。
 ねぇ、お嬢さんはこんなお気持ちだったのでしょうね、
 坊ちゃまに求婚されたそのときには」

話を蒸し返すなと、文次郎は照れを隠すのに怒って見せた。
幼なじみに抱いているのとは少し違うものではあるが、
文次郎が確かに愛おしく慕っている相手が、
ここにもうひとりいるのである。






言い訳
喧嘩でもしたのかと聞かれた。

喧嘩じゃあない。
できるだけいつもどおりを装っていたつもりだった。
何も変わらない自分を。
けれど、妙なところであいつは鋭いから、
気付いてしまったんだろう。
それから、俺はずっと避けられ続けている。

俺の思惑を悟ってしまったということであるなら、
あいつが俺を避け続けていることには、
俺にとってはむず痒いような、……嬉しい、意味がある。
けれどこれを嬉しいと言いながらも、
俺は今抱いているこの思惑ゆえ、
あいつを追いかけて捕まえようとするならばそれは
矛盾した行動ということになってしまう。
もっと相応しい言葉を探すのならば、身勝手と。
本気を出して追えば捕まらないわけのない相手を
取り逃がし続けているのはただひとえに、
惜しいからだ。
それが俺の正直な気持ちであることを
もはや偽ることはすまい。
けれどそれでも俺は、あいつを追い、捕まえ、
言わなければと思い詰めている。
ただ距離が遠のき、繋がれた糸がほそくなりゆき、
知らないうちに ぷつん と切れてしまうかのような、
そんな終わり方になってしまうのはあまりにつらい、
あんまり愛しすぎてしまったあとだったから。



一体なにがあったのと聞かれた。

別に何かあったわけじゃあない。
私にも文次郎にも変わったことなんてなにもなかった。
なにもなかったけれど、でも、
普段はがさつなくせに文次郎の奴は、
妙なところで気遣いだの、さりげない優しさだのを
見せてくれてしまうものだから、気が付いてしまった。
それから、文次郎と会うのが恐くて、
私は彼から逃げ続けている。

文次郎はたぶん、
私が急に距離を置くようになった理由にも
気が付いてしまっているのだろう。
わかっていて先送りをし続けるなんて
愚かもいいところだとちゃんと自分でわかってはいる。
文次郎はいつまでもゆるゆると追ってくるだけだし、
一方の私は一生懸命に逃げおおせようと努力している。
そんな状態でけじめなど付くはずがないのだ。
だだをこねてみせるかわりに文次郎を避け始めた私を、
文次郎自身は複雑に思っているのだろう。
たまに目が合えば彼は申し訳なさそうな顔をするから、
私が今抱いているこの想いゆえ、
この堂々巡りに終着点が見えたそのときには、
私が彼によって傷ついてしまうだろうことを
彼は悟っているということになる。
自惚れじゃないのと言えるのならばいいのだけれど、
好きになってしまったのは本当なのだもの。
いつかはいつかやってくると知っているけれど、
今ざっくりと、繋がれた糸が切り落とされてしまうより、
その糸が細くほそくなっていっても、距離は遠くても、
どこかではまだ繋がっている、
せめてそれくらいでもお互いのあいだになにかが欲しいの。
今すぐ失うなんて、
そんな終わり方になってしまうにはあまりにつらい、
あんまり愛しすぎてしまったあとだったから。






言い訳
 
プロフィール
HN:
のねむ
性別:
女性
ブログ内検索
OTHERS
Powered by 忍者ブログ
Templated by TABLE ENOCH
PR