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血の気が引く、

という言葉の意味を初めて知った。
頭ではわかっていたが、身体中で感じたのは初めてだった。

祝言の夜、祝いの儀式が始まるその直前、
恐らく内々に声密やかに伝えられてきたであろう知らせ、

「花嫁の姿が、ありません」

動じないほうがどうかしている。
仙蔵と、花嫁たる彼女とは幼なじみで、
お互いによく見知った仲である。
婚約は幼少時に親がノリノリで結んだもので、
抗う余地のあるなしというより、
それが仙蔵にとっては当たり前の将来の予定だった。
彼女もそのつもりでいるはずだと疑いもしなかったから、
この知らせを聞いて彼の頭の中は一瞬まっ白になった。

「履き物は表玄関のほうに残っておりまして……
 恐らく、なにも履かず、縁側から庭へ出て、そこから……」

祝言当夜に花嫁に逃げられた花婿?
この私が? あり得ん。
とりあえず頭の中では強そうなことを思うが、
握りしめた手はぶるぶると震えるばかり。
待ってばかりいられようか? 否。
仙蔵はすっくと立ち上がった。

「……探す」

あたりは暗い上、花嫁が逃げ出してから
どれくらいの時間が経過したかもわからないが、
一流の忍を舐めてもらっては困る。
彼は走った。

なぜ彼女は逃げたのだろう。
当夜になって、ぎりぎりのところで、なぜ?
闇の中に彼女を探しながら、仙蔵は考えた。
本当は、この婚姻を望ましく思っていなかったのか。
仙蔵が学園で修行の日々を過ごすあいだに、
他に想う男でもできたのか。

どうして己は“それ”に、その予兆に気付かなかったのか。

けれど、卒業して、忍として暗躍する日々の裏、
顔を見せるたびに彼女は笑って仙蔵を出迎えてくれたものだ。
些細なみやげや贈りものに顔をほころばせ、
彼がそばに寄ることにいやという顔をせず、
抱き寄せると恥ずかしそうに目を伏せ、
初めて口付けをした日には
照れのあまりの涙まで見せられた。
純情を絵に描いたようなとはよく言うが、
身近で目の当たりにするなどとは仙蔵も思ってもいなかった。
彼女の返してくる反応が新鮮で、それがまた愛おしかった。
あれが嘘だったとは、彼には到底信じられない。

婚礼用の衣装が目の端でひるがえったのが見えた。
彼はたちまち、彼女に追いついた。
その腕を掴み、引きずるように振り返らせた。
彼女は泣いている。

「……はなして!」

悲鳴のような声で叫ばれて、
彼はやがて握りしめた腕を開放してやった。
なにも言えそうもなかった。
この娘の泣いた顔に、仙蔵はこのうえなく弱かった。
言ってしまえば、笑った顔も怒った顔も、
照れた顔も困った顔も皆好きだったし、
どの顔にもこのうえなく弱いというのが本当のところである。
世の中はこれを総じて惚れた弱みと呼ぶのだろう。

「……帰ろう」

彼女がなにも言わないので、彼はそのまま踵を返した。
彼女は素直にあとに従った。

「……仙ちゃん」
「なんだ」
「怒らないの」

仙蔵は少し間をおいて、
別に、
と答えになっていないことを答えた。

「仙ちゃんて、昔から、私の顔色伺ってばっかり」

よく知ったはずの幼なじみの声が別人のそれに聞こえる。
宵闇の魔術のせいか、高ぶった感情のせいか、
婚礼衣装に身を包んだ彼女の眩いばかりの美しさのせいか。

「……仙ちゃんが、追いかけてきて、くれるかなって、」

そう思ったの。
彼女の思いがけない言葉に、仙蔵は歩く足を止めた。

「試したの。ごめんなさい」

彼は振り返った。
彼女は俯き気味に、申し訳のなさそうな顔をしている。

「だって、仙ちゃん、今日になってもいつもどおりすぎて、
 私だけが、舞い上がってるんじゃないかって、」

その目にまた涙が浮かび、ぽろぽろと頬にこぼれた。
それすらも花嫁姿を彩る珠飾りのように
思えてしまうのが不思議だった。

「……きらいになった?」

この娘はこの期に及んで本気でそう聞いているのだろうかと、
仙蔵は少々呆れ混じりに息をつき、
また先に立って歩き出す。

「馬鹿」
「……ごめんなさい」
「好いてもいない女を、馴染んだよしみだけで誰が娶るか。
 そこまで酔狂じゃない」
「……知ってる」
「じゃあ聞くな」
「……知らないことなら、聞いてもいいの」

なんのことだと問うかわりに、
彼は彼女をもう一度振り返った。

「私のこと、少しは好き、仙ちゃん」

素直で純粋な目がまっすぐに仙蔵を見上げてくる。
この無邪気の前にあっても彼は弱い。
ポーカー・フェイスもとうとう保てず、
彼は苦い顔で視線をそらしてしまった。
それがなによりの答えであろうに、彼女はまだ問おうとする。

「すきっていって」
「好きでもない女を娶ったりしないと言っただろう!」
「それ、ちょっとちがうの」

煩い、さっさと帰るぞと無理矢理場を切り上げ、
仙蔵はすたすたと歩き出した。

儀式が終わって、人も皆寝静まるような夜更けがきたら、
嫌と言うほど耳元に囁いて、
その身体に忘れられぬほど教え込んでやろう。
そう考えたなどとは、到底白状できそうもない仙蔵だった。






言い訳
俺の言っていることが嘘だったことがあるか?
ないだろ? 本当のことだろ?
人は自惚れということだってあるけど、
そうじゃないだろ?
俺は俺自身が優れているってことを、
よく知っているだけなんだ。
謙虚が美しいとは、俺はまったく思わないね。
ある才能なら見せればいいだけの話だろ?
妬む奴は、暇人なんだ。
そうは思ったことないか?
お前は女で、くの一で、俺とは多少は違うけれど、
俺と同じ人種のはずだ。
自分に気が付いている人間のはずだ。
だからお前も、自分を生かす道をちゃんと心得ている。
先輩よりも出来る奴だとか、お前もよく言われるだろ?
そういう人間は、意外といないんだ。
俺もお前も、たった1パーセントの人種ってやつ。
他の99パーセントを見下しているつもりではまったくないさ。
でも、俺は俺として普通にしていても
皆の上をいってしまうことがあるんだ。
俺には出来て当たり前のことを、
皆はしばらく努力しなければ出来なかったりする。
それで俺に非はないだろ、でも皆は俺を妬んだりする。
ときどき不安になる。
だからわざと凡ミスしてみたり、小さい算術間違えてみたり、
本音ではばからしくて絶対言わないような冗談を
言って笑って、道化を演じたりしてみせる。
そうしたら皆は、
意外と鉢屋三郎も普通っぽいんだなと思ってくれる。
あんまり人にはこの話をしないけど、
白い目で見られるしな、
でもお前ならわかってくれるだろ?
お前は俺ほど、99パーセントに馴染む努力が
出来ないたちらしいから、ハブられて寂しいだろうな。
そうだ、俺達は飛び抜けた1パーセントであるがゆえに
ときどきとても孤独だ。
でも俺とお前だったら、同じ人種だ、
わかり合えるはずじゃないか。
結束してどうしようってことじゃない。
……さっきも言ったが、
俺は俺が間違っていないことを知っているよ。
俺達はまわり皆よりもあらゆる点で優れて見えるんだ。
それは真実だ。
逆の言い方をすれば、皆は俺達よりもレベルが低いんだ。
それを口に出しては言わないけど、でも、
俺達の頭はそれをちゃんと知っている。
自分よりも下の人間に認めてもらっても、
俺はあまり意味を感じることが出来なかったりするんだ。
だからお前を見つけたときは嬉しかったよ。
やっと張り合いのある評価が聞けると思った。
お前なら俺を認めてくれるだろうと思ったんだ。
お前も同じことを考えただろ?
俺はお前を認めてるよ、お前の実力は本当に本物だ。
俺が言うなら信用できるだろ?
ちゃんと素顔を見せて言ってやろうか?
周りはいろいろ俺に名を付けたがるけどな、
千の顔を持つとか何とか、
数はともかくそれも間違っちゃいないけど、
化けた顔では言葉まで化けるとお前は思うかもしれないな。
俺は俺自身の考えでそう言うんだぜ。
お前は優秀なくの一になるよ。なぁ。

三郎がひとり語り尽くしているのを、
彼女はじっと耳を傾けて聞いていた。
彼の声が途切れたところで、彼女は口を開いた。

「三郎が他人に化ける才能というものを
 自覚したというのは、なんだか皮肉のようね」

三郎はわずかに眉根を寄せた。
彼は今、不破雷蔵の顔を借りているが、
雷蔵は普段そのような表情をつくることはない。
雷蔵の顔を真似ていても三郎は三郎であると、
彼女は思った。

「選べるものがたくさんあって、
 それをすべてこなせるというのはよいことのようね。
 けれどあなた、選ぶことが出来るの、たったひとつを?」

三郎は言葉を失った。

「あなたの言うことはよくわかるわ、
 私も同じ人種というのは本当のようね。
 でも、私は私自身が持っている、人より優れたその資質を、
 ときどきはすっかり無駄に使ってしまおうと思っているの。
 それで喜んでくれる人がいることがわかってね。
 それがとても、嬉しかったのよ」

しかし、三郎のほうは彼女の言っていることを
よく理解できないようだった。
彼女は笑って立ち上がった。

「1も99も、同じ人間だわ。
 世界を分ける必要はないってことがわかったの」

頭の上にはてなマークを飛ばす三郎を置いて、
彼女はさっさと行ってしまった。
取り残された彼は、彼女の言葉を噛みしめ、考えた。
考え続ける彼のそばに、
いつものように友人達が寄ってくる。
言葉を交わすごとに、思考は薄れていった。
しかし三郎は、そうして忘れかけたときにやっと、
彼女の言葉がわかったような気持ちになった。

俺の言い分だけで判じるなら、こいつら皆、
その他大勢の99パーセントってことになるんだな。
そんなわけがないって、
俺自身がいちばんわかってるのに。

誰もわかってくれないと、そう思っている自分こそが、
周りとのあいだに壁をつくっているのかもしれない。
三郎は己の真実をまたひとつ見つけたのだった。






言い訳
大体だ。
甘やかしすぎたんだよ。
こいつを見てみろ。
母親譲りの別嬪だ。
水軍館しか知らねェで娘時代を過ごすなんざ
無駄以外のなんでもねぇだろ。あ? どうだ?
おい、誰かこいつ、町に連れてけ。
少しずつ外を知らなきゃ、娘盛りが勿体ねェってもんだ。

水軍幹部の命とあっては断りきれない。
たまたまその場にいたのは
四功──命じた本人を含む──と義丸で、
誰もなにも言わなかったが自然と義丸が役を負う
ということでまとまってしまったようだ。
今日は義丸の手が空いているということと
女の扱いになれているだろうという偏見がその理由だ。
女と呼べども、相手は水軍館で生まれ、
海に出ることを禁じられてもっぱら館で育った娘。
年は十九と娘盛りの言に間違いはないものの、
水軍の男衆に言わせればその存在は娘か妹。
ただし生意気な年下の男衆には
ほとんど姉扱いされていない。

まぁいいか、じゃあと義丸は割と軽口で役を引き受け、
そばで納得のいかなさそうな顔のまま話を聞いていた
可愛い妹分に向き直ると、厨の女達にでも頼んで
支度を済ませてこいと告げた。
母譲りの美貌、という点には反対意見など出はしない。
紅でもさしてちゃんと着物もあわせれば、
さぞかし映えることだろう。
親心か、はたまた妹を溺愛する兄の心か。
甘やかしすぎたと自称してはいるものの、
そこに反省はない。
着飾って出来上がるのはどんな娘姿かと、
彼らはそれぞれなりに期待を込めて娘の戻りを待った。

「なぁな、ミヨ、聞いた?」

日暮れ時のことである。
海上の見回りを終えていったん浜へ戻った舳丸に、
同じ水練の役をつとめる弟分の重が問うてきた。
なにやら嫌らしい笑みを口元に浮かべている。
実直で素直なところは可愛い奴だが、
こういう顔をしているときは大抵なにかを企んでいる。
舳丸は素っ気なく何の話だと聞き返した。

「あいつ」と、重は館のほうをチラと視線だけで示す。

「今日、町に出たんだって。急な話だけどさ」
「へぇ。よくお頭が許したな」
「うん、これからは少しずつ、
 外を見せようってことになったって」
「ああ……ずいぶん思いきった主張転換だよな」

二十年近くあの娘を館の奥に閉じこめるようにして
育ててきたというのに、あまりな変わり様である。
いちばん面食らっているのは恐らく彼女本人だろう。
小舟を片付けた水夫の面々が追いつくのを待って、
一同はダラダラと館へ向けて歩き出した。

「あ、噂をすればだ」

重がぱっと明るい顔をし、おおい、と手を振った。
その先に、町から戻ってきたらしい義丸がいる。
外出の主役たる妹分の姿が見えないのに
皆が小首を傾げるところ、義丸のかげに隠れるようにして
とぼとぼ歩いてくるちいさな肩が見えた。

「おっかえり! ……なにしてんの、それ」
「ああ……いや、町でいろいろな」

ぐったり疲れた顔をして、義丸が答える。
ほら、もう館に着いたんだからと、
彼は背後にぴたりとくっついて離れない妹分を
困った顔で肩越しに振り返った。
娘の俯いた顔の表情は伺えないが、
唇をぎゅっと噛みしめて、
細い指で義丸の着物の裾を握りしめて離そうとしない。
舳丸はさすがに訝しく思い、小さく問うた。

「……どうした。なにかあったか」

噛みしめた唇が一瞬震えたかと思えば、
彼女はいきなりぼろぼろと泣き出した。
男衆がぎょっとした瞬間、彼女は義丸から離れると、
今度は舳丸に体当たりするように抱きついた。

「もう町なんか行かない。ずっと館にいる」
「……オイオイ」

逆効果じゃねぇか、とは口に出さず、
舳丸は妹分の頭を撫でてやりながら、
怪訝そうな目で義丸を見やった。
義丸ははぁ、とこれ見よがしにため息をつく。

「いや、俺も驚いたんだがなぁ……
 ちょっと目を離した隙にどっかのチャラい男に
 言い寄られること二度三度じゃ済まなくてな……」
「へぇーっ! さっすがぁ」

茶化すように場違いな口を挟んだ重に、
四方八方から突っ込み裏手パンチが飛んだ。

「もう、すっかり怯えちまってこのザマだ。
 ま、初日くらいは大目に見てもいいと思うが」

俺はお手上げ、と義丸は肩をすくめた。
舳丸はまだ抱きついたままの妹分を見てため息をつく。

「……お前、柄悪い水軍の男衆に囲まれて育って、
 なんで町の男が恐いんだか」
「しつこいんだもの。きもちわるい」
「キモイとまで言うか……」

やれやれと呆れる義丸と舳丸をよそに、
十代の若衆たちは町の男をたった二言でこきおろした
彼女にやんやの喝采をおくっている。

「ま、今日のところは仕方ねぇな。館に戻って休んどけ」

ぽんぽんと頭を撫でてやると、
彼女はまだ涙に濡れた目で舳丸をチラと見上げた。
俯いていたり泣いていたりでわからなかったが、
薄く化粧を施していたことに今気付く。
紅をさした唇は半開きのままわずか震え、
誘うように舳丸の視線を吸い寄せようとする。
一瞬鼓動が跳ね上がったことを、
抱きつかれたままの密着した状態で、
この娘に気がつかれはしなかったかと彼は少し焦った。
ほら行くぞと義丸に急かされ、
彼女は少しばかり名残惜しそうな素振りで舳丸から離れ、
館へ戻っていった。

「なぁ、ミヨー」
「なんだよ」
「あいつってほんっと、舳丸にいちばん懐いてるよな」
「……なんでそう思うんだ」
「だって、義兄からわざわざ離れて舳丸に泣きついたし」
「俺がいちばん近くにいたからだよ。
 お前らがこの立ち位置にいたらお前らが泣きつかれただろ」

十代の水練及び水夫達は白けた顔を舳丸に向けた。
重が見ようによっては
悪意混じりに見える笑みを浮かべて言った。

「ミヨの面白ぇとこは、図星さされたり焦ったりしても、
 筋道通った言い訳を淀みなく言えるとこ。すげぇな!」

今日のあいつを見ても平気だったか?
男に言い寄られたって聞いても平気だったか?

調子づいて続ける重を睨み付けて黙らせると、
舳丸はさっさと館へ向かって先に歩き出した。
いちばん近くにいたから、などと。
本当は自分への言い訳に過ぎないということなど、
とうに承知であった。






言い訳
六年生の遊びは、下級生に言わせれば
遊びのレベルで済まないほど過激だということである。
そして彼らは、その過激さゆえに多少の怪我を負うことも、
特になんとも思わない。
医務室へ現れ、当たり前にさぁ手当てせよとずいと
患部を突き出した友人の委員長組五人に、
保健委員長の善法寺伊作はせめてもとばかり、
ものすごく嫌そうな顔でため息をついてやった。

「ごめんね、たまたま居合わせたばっかりに、
 君にまで面倒かけることになっちゃって」
「いいのよ。私にも勉強になるしね」

保健委員長のお手並みをそばで見られるのだものと、
そう言って手当てを手伝うのは、
たまたま薬品調合について伊作に相談に来ていた
六年生のくのたまであった。
同学年であるため、彼らとも割と親しい娘である。
この娘に恋慕の情を抱いている者が多いことを、
今医務室を占領している六年生六人はよく知っている。
誰ひとりとしてこの娘を独占する権利を持ってはいないが、
他の誰かがこの娘にちょっかいを出そうとするのは
なんだか気に食わないという、身勝手であった。

「火傷は残るのよ、仙蔵」
「気をつけてはいるのだがな」
「楽しそうに言わないで。反省してるように聞こえないわ」

そりゃあ反省してないからさと、伊作が横から口を挟んだ。
保健委員長にとっては毎度のことであるらしい。
熱心に己の腕を手当てしてくれている同年の娘を、
仙蔵は至近距離からまじまじと見つめた。

この娘を落とすのは相当な難問という忍たまたちの噂だ。
何度となく男達から想いを告げられているはずだが、
すべて躊躇いなく断ってしまうという潔さ。
男に興味がないのではないかとすら言われているが、
それが本当なら男達には望ましいことではないから、
その話はあまり大っぴらに囁かれなくなった。
もうひとつ、卒業を控えた学年になって
初めて知ったことだったが、この娘は卒業後の進路を
家業を継ぐことと早くから決めていたらしく、
プロのくの一を目指すものとは違う授業を受けている。

(ならばもしや、単に経験がないだけか……?)

試す価値はありそうかと仙蔵は思った。
口元でにやと笑った仙蔵に文次郎がまず気がついた。
仙蔵はお構いなしで、怪我を負わなかったほうの手で
目の前の少女の顔を上げさせ、唐突に唇を合わせた。
周りの友人達五人があっという間に石になる。
彼らに構わず仙蔵は考えた。
さて、どう出るか、こいつ。

離れると、彼女はさすがに少し驚いた顔をしていた。
けれど、それだけだった。

「仙蔵。悪ふざけはだめよ。
 口付けなんてされても誤魔化されない」
「そうか。わかった。脅かした詫びだ。
 先三日ほどは大人しくしていると約束しよう」
「三日! 私との口付けは三日分程度の代償なの!」

憤慨する彼女を前に、仙蔵は可笑しそうにくすくすと笑った。

「お前、くの一にならないというのは惜しまれることだ。
 ああ勿体ない本当に勿体ない。
 もしやすると男など一口も知らんかと思った」
「嫌だ、まさか」

それこそ心外だと言いたげに彼女は頬を膨らませた。

「私たちを誰だと思っているの。
 確かにプロのくの一にはならないけれどね」

一拍おいて、彼女はふっと、実に愛らしい、
爛漫な笑みを浮かべて見せた。

「私たちは女なの──生まれて死ぬまで、女なのよ」

なんの害もない、天女の降臨かと思わされるような
その満面の笑みで、そんなセリフをさらりと吐くから。
背筋にぞっと寒気が走るのを感じ、
彼らは声ひとつもたてることができなかった。
仙蔵は軽い気持ちでこの娘にちょっかいを出したことを、
今少し後悔していた。






言い訳
「タカ丸さぁん……今のはまずかったッスよ……」
「えぇ、なにが?」

天然で聞き返してくる忍者初心者の先輩に、
らんきりしんはしょうがないなぁと言いたげに
目を見交わした。

「ああ、ほら、食満先輩出て行っちゃった」
「潮江先輩がすごい居心地悪そうにしてる……」
「?? なんのこと?」

あのねぇ、と三人は困った顔でタカ丸に教えてくれた。

さっきタカ丸さんと一緒に食堂へ来たのは、
くの一教室にたったひとりだけ六年間生き残った
最上級生の先輩なんだ。
用具委員長の食満先輩はその人のことを
ずうっと大事に思っていたんだけど、
つい最近になってやっと両思いになれたらしい。

「えぇ、それって、やばいじゃん」
「気付くの遅いよ、タカ丸さん!」
「そっかぁ……俺、先輩の彼氏の前で、
 髪がどうこうって言っちゃったんだぁ……」

そりゃあ、食満先輩も気分を害するわけだ。

「六年生を敵に回したくはないよ」
「そりゃあ誰だって嫌だよ!
 プロに近いくらいの実力者だよ、六年生なんていったら」
「うう、俺、まだ死にたくないし」

くの一たちの髪を結ってあげるのも、
ちょっと考えたほうがいいのかもしれないなぁ。
タカ丸はしょんぼり呟いた。
そのうち学園中の男を敵に回すなんてことになったら
おっかなくてやってられないよ。

「しかも、今日もめちゃくちゃ美人だよ、なんてさ」

信じられないねと言われ、タカ丸はまた首を傾げた。

「なんで……? それ言っちゃ悪い?」
「そりゃあ、そうでしょ!」

言いたくても恥ずかしくてなかなか言えない褒め言葉を、
よりにもよって自分の目の前で
他の男がさらっと口にしたりしたら、さぁ!
男なら誰だってむかっ腹が立つって!
それに先輩がにっこりありがとうなんて返すから尚更さー。
でもあの先輩はそういう人なんだけどさー。

食堂を出ていってしまった恋人を追いかけるくの一を
見送りながら、タカ丸は仲のいい二人の間を
掻き乱してしまったらしいことを素直に申し訳なく思った。
そして、一年生ながら人の関係をよく見ている彼らを
ちょっと見直してしまったのだった。






言い訳
 
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