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どうして俺にしたんだよ。

と、彼女の御夫君は問うたのです。

彼は一介の忍びの者。

そして、彼女は所謂、いいおうちのお嬢さんでした。

出逢いの当時、

彼女には両の手指にやっとおさまる数の縁談が

舞い込んでおりました。

くりくりとしたおおきな目に、屈託のない微笑みが、

殿方たちの気に入ったのです。

けれど彼女は一人前のように、

愛のない結婚なんてとそっぽを向いておりましたから、

数ある縁談のどれもこれもが、

遅々として進まないままであったのでした。

そのとき彼は、彼の仕事の用でもって、

彼女の家の屋根の上におりました。

彼女はうつくしい顔に似つかわしくない仏頂面で、

庭を向いて腰掛け、あまい言葉の綴られた、

恋文の数々を睨んでいたのです。

めんどくさ、と、傍らに無造作に置いたそれらを、

風があっという間に巻き上げていきました。

彼女は最初こそ、

ああ、やっちゃったわと思ったのですけれども、

どうせ気にもとめない男の恋文だものと、

諦め捨て置くのに躊躇もいたしませんでした。

あくびをひとつこぼし、部屋のほうへ向き直ったとき、

後ろから、おい、嬢さん、と、声がかかりました。

振り返った先の庭の、そこへ立っていたのが、

今の彼女の御夫君でした。

どうして俺にしたんだよ。

もっとほら、つまりアレだ、

金持ちだとか、身分があるとか、色男だとか、

いただろう、縁談の相手の中に。

どうして俺にしたんだよ。

彼は今更になって、そんなことを問うてきました。

うつくしいお嬢さんは、

今となっては彼の妻と呼ばれる身。

他のどの男にも許されなかった、

あぁんなことも、こぉんなことも、

今となっては彼の思うままであるというのに。

彼女はすこし、考える素振りを見せて、

だって、ねぇ、と答えました。

初めてお話ししたとき、そう、あの庭です、

あのときあなた、風にさらわれた恋文を、

ぜぇんぶ集めてくださいましたでしょ。

御夫君は頷きました。

大事だろうと思ったものだから。

それが理由か。

彼女はくびを横に振ります。

いいえ、あのね、覚えていらっしゃる、あのときあなた、

あの手紙のたばと一緒に、花を一輪くだすったのよ。

私、殿方に贈りものをいただいたのなんて、

あれが初めて。

そうか。

そりゃあ、きのどくだ。

あらまぁどうして。

変なことを気にする方ね。

彼女は不思議そうに御夫君を見やると、続けました。

あの恋文はね、ぜんぜん大事じゃなかったのですよ。

俺が拾ってやったのが無駄だったみたいじゃねえか。

ええ、そうなんです、ほんとはね。

御夫君は嫌そうな顔をしました。

彼女は気にせず続けます。

だって、ひどいのですよ。

胸焼けがしそうなあまい言葉がずらりと並んでいるの。

あんな恋文、書いたほうは虫歯になったに違いないわ。

でもねでもね、

あなたが拾って渡してくだすったあとで読み返したら、

まるであなたがそんな言葉を継いだかのように思われて、

そこまで聞くと、御夫君は口に含みかけていた茶を

ぶふっと吹き出しました。

それからね、煩わしいだけの恋文が、

なんだかおもしろくなっちゃったのです。

あなた御自身から

そんな言葉が聞けないかしらと思って、

それでしつこく追い回してくるようになったのか。

ええ、はい、そんなところ。

以前いたしませんでした、この話?

聞いてない。

あら、勘違い。

彼女は何も悪びれたところのないように、

くびを傾げました。

……ずっと合点がいかなかったんだ。

御夫君がぼそりと呟いたのを聞き届け、

おかしそうに微笑みます。

いいじゃあありませんか。

今は相思相愛ですもの。

ね、と言うと、御夫君はくびやら耳やら真っ赤にして、

彼女から目をそらしながらも、

ちいさく ああ と答えたのでした。






言い訳
何もかもすべてに決着がついて、
結果が出て、結論が出て。
気を患わすものがすべてなくなって、
平穏な気持ちで暮らしゆけるようになってから、
彼は近隣のそれなりに賑やかな町に
空き室をひとつ見つけると、
私をそこへ連れてきてくれました。

ここが新しい私の家。

正確には私と彼との家であるのだけれど、
彼が新しく手に入れたお仕事は
ほとんど家にいられないようなものだったので──
けれど、その職場は私も自ら見聞きして
よく知っているところで、いる人のあたたかいのも、
心穏やかに勤められそうなこともわかっているから、
これまでのような心配はしないで済みそうでした。
休日になれば、彼は律儀に帰ってきてくれるし。
気分悪そうに、疲れたように見えることもなく、
お仕事には手応えも幸せな苦労もあるようで、
見ていてほっとさせられることすらあるのでした。

今までと違って、彼は帰宅するとよく、
お仕事や職場の話をしてくれます。
私自身に知った人が多いせいもあるのでしょう。
彼の話に耳を傾け、相槌をうつ、
その時間はこのうえもなく幸福に思われて、
一緒に過ごす時間のほうが少ないとしても、
私は満たされた気持ちで日々暮らしていました。

ある、週末のこと。
いつものように仕事があけて、彼は帰宅しました。
珍しく手みやげのつつみなど差し出すので、
なにかと思ってあけてみれば、
出てくるのは髪の飾りやら、新色と評判の紅やら、
有名老舗のお菓子やら、持て余すほど。

「いったいどうなさったの」
「別に」

言い訳でも始めるかと待ってみたけれど、
彼がそれ以上口を開く様子はありません。
みやげ物にお礼を申し上げて、
夕餉の支度を整えながらも彼の様子を
ちらちらと気にしていましたら、
なにやら言い足りないようなお顔。
手みやげの理由に合点がいくには充分、
なにか、私に言いづらい話を
抱えていらっしゃるのでしょう。
贈りもので機嫌をとらなければ安心できないほど、
それは難しい問題なのかしら。
まったく不器用な、でもわかりやすいお方。

「なにか仰りたいことがおありなのでしょ」

彼は驚いて私のほうを見ました。
数瞬呆けて、苦々しそうに息をつき、頷きました。

「……おまえ、子ども、好きか」

いきなり問われた言葉があまりに想定外で、
私は目を丸くして彼を凝視してしまいました。
居心地悪そうに、彼はふいと目をそらしてしまいます。

「どういう意味です」
「……言葉通りだ」

たとえば身ごもったのを告白するとしたら、
あなたでなく私のほうでしょうに、などと考えながら。
その兆しが今のところはないことが、
ときどき惜しいような気も、このところはするのだけれど。
彼はまだ目をそらしたままで、続けました。

「……いきなり十歳児の母になる気など、
 ないだろう、な……?」

まさか私の他に誰かいいひとが、なんて、
そんなことを思ってみても、
十歳の子がいるとしたらせいぜい彼が十二・三頃に
生まれた子ということになってしまいますもの。
なにか事情がおありなのでしょう。
そこまでをやっと理解して、聞く姿勢を見せると、
彼は少し安心したように向き直ってくれました。

「まずは伺ってから、考えます」
「……わかった」

つまり、実は。
安心してやっと、
彼はなめらかに話を運べるようになったようでした。
彼の話は時折過去のできごとも交えながら進み、
その内に彼自身の強い願い・希望が
込められているのがよく伝わるものでした。
いつしか彼の言う事情に同調し、
一緒に考えて私の出した結論は、
彼の願いごとを受け入れたい というところへ
落ち着きました。

翌日、彼がまたお仕事へ出かけていったあと。
昼もまわろうかという頃、
彼が些細な忘れ物をしていったことに気がつくと、
ふつふつとのぼってきた意欲に
ふたをすることができなくて。
これをお届けしに伺って、
久しぶりに私自身、知己を訪ねるのもよいでしょう。
そんな言い訳を自分に言い聞かせながら、
彼が話してくれたその子ども、に出会ってみたくて。
ちょうど、新しい紅も髪飾りもあるのだもの。
浮き足だって、私は外出の支度を始めたのでした。






言い訳
いらっしゃいませ。

恐れ入ります、お客様。
間違っておりましたら相すみませぬが、
先日もお越しくださったお方では?

ああ、やっぱり。
だって、とても嬉しそうに見ていってくださったから。
今日はお連れ様はいらっしゃらないのですね。
妹さんでしたの。学校? まぁ。
左様でございますか。
では、妹さんはおうちでお留守番なのですね。
おしゃべりを、申し訳ございません。
どうぞゆるりと御覧になって。
不躾とは存じますけれども、
座ったままでご案内申し上げます。
はい、まあ、おやさしい方。
なにかお問い合わせがございましたら、
なんなりと仰って。

薄皮まんじゅうは、はい、つい先頃仕上がりました、
ふかしたてですよ、良い匂いでしょう。
当店の職人が申しますには、
今日のあんの出来はまた格別だとか。
天気や気温によっても、
お菓子の状態は違ってくるのでございますよ。
そこを見極め、つねに最良の状態でお菓子をつくりあげ、
お客様にお届けできてこそ、
老舗を名乗る菓子店の職人でございますれば。

はい、ありがとうございます。
おいくつ差し上げましょう?
まぁ、そんなにたくさん。
ありがとうございます。
学校で、御友人様とお召し上がりにでも?
おあと、到着までいかほどのお時間がかかりまして?
半日ほど……あの……もしかして……
お客様も忍者のお方?

まぁ 否定なすってもそんなに大慌てなのじゃあ、
ご自分で白状していらっしゃるようなものですわ。
うふふ 大丈夫です 学園に知り合いがおりますの。
学園と当店とにお付き合いやお取り引きがあるわけでは
ありませんけれども、
ですから身内のようなものと思ってくださいな。
お友達は何名様? 四名様。
じゃ、おまんじゅう、おまけです。
お友達の分と、お客様の分。
はい、どうぞ!
おいしく召し上がっていただけますように!

道中、どうぞお気をつけて!
ありがとうございました!






言い訳
御注意
■「宵のみぞ知る」のヒロインと食満くんの会話ですが、
 半回転ほどパラレルが入っていて、
 この二人は恋人同士ではありません。
 食満くんには別に想い人がいます。
 キャラクタだけ採用したお友達話と思ってください。

■ヒロインのデフォルト名がそのまま出てきます。
 変換できませんのでダメな方は回避してください。

※絵板でお礼をしようとしたら
 とんでもなく時間がかかってかえって無礼と悟った。
 ばら日の御礼申し上げます!







先輩達の会話
僕は少し、せかせかして、急ぎ足で、
図書室へ向かっていた。
当番は当番だから、なのだけれど、
ちょっと胸がむかむかしている。

いやなことがあったのだ。
とてもいやなことがあったのだ。
僕自身に起きた話じゃないのだけれど、
むっとしたのは確かだった。

図書室へ入ると、
先に来ていたきり丸に挨拶を返すのもそこそこに、
僕は奥の棚へとずんずん歩いていった。
後ろできり丸が呆けたように、

どうしちゃったんスか、不破先輩、

と、呟いたのが聞こえた。
そうだよね。
気を悪くしていないかな。
ごめんね、きり丸。

でもちょっと、いまはそれどころじゃなかったし、
気が済んでも、話せる事情じゃなさそうだ。
よく考えたらくだらないことなのだ。
僕だって、自分でばかばかしいと思うほど。
だけど気になるじゃないか。

奥の棚のほうへ入っていき、
記憶を頼りにさっと本の山に目を走らせる。
想像したとおりの場所に、目的のものを見つける。
これか。
僕はその本を棚から抜き出して、
ばらばらと、ページを繰った。



このやろ、おまえか。
僕の大事な彼女を泣かせたのは。






言い訳
 
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のねむ
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