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すみません、泣きそうだから、許してください。




目を覚ますと、窓から赤い光が射していた。
夕刻だ。
結局、まる二晩ほどは徹夜をしている。
ぼろぼろになって帰ってきた透子を迎えて、
風呂から上がってくるのを待ってから
飯を食わせに食堂へ連れていって、
長屋の部屋へ帰ってくると
泥のように寝入ってしまった。
まだ起きる気配のない透子の目元は少し腫れていたが、
こいつはもうこれ以上の涙は流さないだろう、
少なくとも俺や奴らや、後輩たちの見ている前では。
つまり、この学園にいるあいだ、
ひとりにでもならなければ、決して。

起きあがって胡座をかいて、伸びをする。
髷を結い直しながら、
後輩らはそろそろ委員会活動の山を越えた頃かと考える。
作兵衛は苦労しているかもしれない。
透子を振り返り、よく眠っているようなので、
起こさずにおいて委員会の様子を見に行くことにした。
今日は休暇のはずだったが、
皆最後にはバレーボールにも飽きて、
委員会には顔を出すと言い出した。
結果的には俺も同じことをやろうというのだから、
人のことを笑えはしなかったわけだ。
透子が帰ってきて、ひとまず少し安心できたためだろう。
後輩たちは気の毒かもしれない。
慣れたつもりだったが、
俺達はいつもどおりには振る舞えないだろうから。

板戸を引くと、赤い日が遠慮会釈なく部屋へ入り込んできた。
眩しくて思わず目を眇める。
生きようが死のうが、正義だろうが卑怯だろうが、
泣こうが喚こうが、つまり、なにがなんだろうが、
世界は変わることなく回り続けている。
別に残酷じゃない。
何に対しても平等というだけだ。
気持ちが沈むのは、ひとの勝手な感傷なのだ。

どこへ行くの、と透子の声。
ああ、委員会、見てくるわ、と答える。
まだここにいても良い? と、透子が問う。
いいよ、と答える。
ありがとう、と囁かれ、うん、とだけ返して、
部屋を出た。

頭の切れる女だから、
世界が今も回っていることを知っていて、
それを当然とわかってはいるだろう。
死んだ後輩はその回転から外れたところに行ってしまって、
自分はまだその回転の上にいて、
だからいつまでも思っていてはやれないのだということを
理解しているだろう。

それでも、

身の内のなにかがその巡りに抗いたがって
喉元を苦しくさせる。
透子はそれが弱みになると思っている。
これからの透子の生き方を思うとそれは間違いじゃない。
あいつはもう、
悲しいほどに芯からくの一になりきってしまっているから。
得手の演技で自分まで騙して。

なあ、別にいいんだ、

そんなに頑なでいないでくれ。
お前がそうだから今度は俺が苦しい。
世界は回っている、
お前は本当はここにいたい、ここにいて考えていたい、
今更思ってもどうしようもないことを延々と思っていたい、
別にいいんだ、願ってもいいんだ。
いつか記憶が遠ざかって、
いま胸の内のすべてを占めている感情が
少しずつ風化していっても、
こんなにも精一杯だったことを忘れても、
それが罪深いことだとお前が気に病むことはないんだ。
ひとが浮いても沈んでも、世界は一定であるだけなんだ。
感傷にひたっていても世界は待っていてくれない、
その巡りのはやさがひとびとの首を絞める。

泣いていいとか泣くなとか、簡単に言いはしない、でも、
俺は待っていよう、透子よりは少し先に行くけれどそこで。
すぐそばには立たないことにする、
だから気が済むまでそこにいてそこで考えて、
今更どうしようもないことを延々と思えばいい、
そうして苦しくなったなら追いついておいで、
駆け寄れる程度には近くにいてやろうと思うから。
待つ間はきっと俺にも及ぶのどの奥の苦しみには、
せいぜい耐えてみせようじゃないか。

高槻先輩は大丈夫ですかと、一年生達に聞かれた。
まずいことを聞くなと作兵衛は言いたげにオロオロとした。

大丈夫だたぶん、そのうちいつもどおりに笑っているさ。

後輩を安心させるのに言った出任せは、
明日には実現するんだろう。
それを見て誰かは心配し、誰かは陰口をたたき、
大半はすぐに忘れていまは日常と思うだろう。
これだって別に残酷じゃない。
そいつらは立ち止まらず待たずにいるというだけだ。

黄昏の赤の中にひとり残されて、
透子は今なにを考えているだろう。
泣いていいとか泣くなとか、
簡単に言いはしないから、
ただなんとなく会いに戻りたいと思った。
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